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日知り
古墳方位1
古墳の方位1 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★
■日本の先人たちは先祖を敬う「貴い心」によって山のように大きな墳墓を各地に築いて来ました。其処には現代人の
想像を絶するエネルギーがあった。其れに対して今の日本では心のない、エネルギーもないモノカネ主義の上に立った 人たちが山にゴミを捨て、或いはブルで山を突き崩し、ゴルフ場や住宅地に変えた。
遺跡に興味を持つ古代史ファンは多いが学者は少し違った。彼らは遺跡に尊敬する事はなく、職業として遺跡を虫食
い状態にした。洋式学歴主義の学者たちが他人を見下すように古代文化を蔑視し、無数の遺跡を学問や職業や手柄 の為に食い潰して来ました。
此れまで折角、実に多くの時間と巨費を掛けながら発掘して来たものの、遺産を潰してゴミに変えたのです。ですから
ゼニ(予算)にのらなければ動かない遺跡関係者や南蛮渡来の学識を持つ考古学者たちが束になっても古墳の謎の 何一つも解明出来なかったのです。
彼らは第一に「宝探し」を目指した為に、目が曇って目の前に山のような第一級の資料があるのに、其れを破壊してゴ
ミのような遺物ばかりを掻き集めてしまった。其れら傍証を色々集めて推測を固めて行く方法を採った。でも此れでは 後100年経っても何も分からないでしょう。分かっている事は只一つ。
その時は古墳の多くが彼らに潰されて消える事である。この先も行政の文化財予算と発掘費用の民間負担額とが確
実に増えるだろうが、幾ら発掘と研究が進んでも何も分からないのみならず、高松塚やキトラ古墳の悪例のように、喩 え巨費を掛けても、そうした未熟な「学問」とモノカネ主義の犠牲によって消えてしまう。
そうした「文化財」(ヒジリ事典・本文の「埋蔵文化財」を参照)への誤観念による功名心から益々ズタズタに破壊してい
るのが現状である。今正に、日本独自の尊い古代遺跡が壊滅の危機に瀕しているのですから、100年先は恐らく古墳 もなくなり、古墳は神話の一部か御伽噺の話になるでしょうが、此れも時代の流れでしょうか。
政府や遺跡関係者だけが悪いのではなく、日本人全体がモノカネ主義の為に質が低下しているのみならず、頭の構造
が進化論で逆転させられているようで残念です。また多くの日本人は、経済発展によって目が眩み、他国を後進国と見 てしまう。例えば「メキシコと比べても日本の方が文化的にも先進国だ」と彼らを見下すに違いない。
でもメキシコ人はテオティワカンの意味を見直して、毎年の春分の日に150万人も集まる(05/4/28のNHK総合T
Vで此処を報道した)のです。其れに対して日本人が古墳や寺社の本来の意味を知らず、犬を散歩させて糞害の場と するのですからメキシコよりも精神的にも道徳的にも文化後進国ではないか。
■ですから日本の古墳を理解するためには、旧来の洋式の唯物史観による考古学的な知識では無理が有り、寧ろ邪
魔になります。傍証や知識を積み重ねて何かが分かって推測を固めても決め手がないのでは何にもなりません。発掘 よりも先に、葬法と祭式、其れに墳墓の方式や暦法と言うような和風の古式原理・原則を知るべきである。
そう言う訳で以下の資料について、緯度経度が示された正確な地図と「366円暦」を重ねてご覧頂けば古墳はもとよ
り、日本文化の核心が深くご認識出来るでしょう。尚、「366円暦」は別紙に掲げていますが、現物をご希望の方は何 らかの方法で当会にご連絡下されば実費でお送りします。
参考資料のリンク先 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
歴史・考古学関係先は・・・・・・・・「考古学系サイト登録・検索」サイトへ
考古学・遺跡発掘関係の各地の資料は・・・・・・・「現地説明会公開サイト」へ
天皇陵に関する地図などは・・・宮内庁ホームページ
古墳の方位資料・1・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
◆古墳は何故バラバラな方角を向いて造られているのか。そして被葬者は誰か、等について、此処で初めて一般に公
開する、主として天皇陵に関する謎解きの資料であり、暗号解読の方程式です。
◆以下の資料は其のご陵を検索・検証する参考資料である。天皇陵以外の古墳も全て、数字ではなく、当時の方式、
つまり方位で黙示したメモリアルであり、暦盤でした。
◆古墳の意味は副葬品ではなくて方位にあります。ですから、古墳を訪ねる場合や古墳関連の考古学上のニュースに
接した場合にこの資料を活用すれば、考古学的誤解による解説に振り回されるのを避けられるでしょう。各項目の頭 に示した数字は、其の古墳に特有の方位を暦日換算で示したものです。
尚、各月日の意味について更に詳細を知りたい場合は、先の「神々の歳時記」をご参照下さい。そうすれば在来の「歳
時記」や、「日本百名山」とはまた少し趣の違う、「祭り百選」とか、「日本百名墳」とも言うべき凄い文化が其の遺跡に 封じ込められていた事を再発見するでしょう。
◆此処では主に近畿各地に現在見られる古墳の内、総長100mを超える前方後円墳、及び後方墳についてその暦・
方位を月日順に示しています。但し、その方位については、残念ながら発掘資料や測量図に方位の観点がないので詳 細が不明です。洋式科学による偏見により、測量図自体が真北を基準としたものではないためです。
従って其れが図北なのか、それとも磁北を基準としたものかどうかさえ判然とせず、よって此処に記した方位(月日)も
確定的なものでは有りません。このため、仮に磁北を基準とした場合は、日数にして凡そ7日のズレが出てしまいま す。ただ其れらは逐次、確認ができ次第、この資料を修正・変更して行く予定です。
◆頭に付けた一連番号は366円暦、即ち万年暦番号です。つまり各月日には其れに対応する固有の方位がある訳で
す。でも此れは普通の360度とは違うので数日のズレが生じる。つまり360:366の比率で違っています。子午線と此 の番号の関係は例えば、真北、つまり冬至を基点として時計回りに南進して墳墓の主軸方位を示します。
例えば、真南に当たる夏至がbP83となり、翌日の184番からは西進から北進してまた冬至のゼロ点に戻るもので
す。よって例えば陵形の主軸が、南北に伸びる古墳は、子午線ですから此処では、
▲bP83=6/22日........▲bR66=12/22日........の項目に並べています。
◆前方後円墳の場合も、その形の主軸を此処では番号と月日で示していますが、其の形と方位の意味については、丸
い方が頭、その逆側の三角に近い後方形の側を足と見て、先ず丸い方を命日(鎮魂)方位、その反対側を日迎えの月 日として示しました。
またこの中には前方後方墳も有りますが、後円も後方も、決定的な違いではないので本欄では特に区別しない。外に
双方墳や鍵手や複雑な集合タイプのケースもありますが、此れは各々の暦・方位に分けて記述します。
◆何れにせよ、この資料が有れば、日本の遺跡や歴史文化、及び古き宗教の実像を正視する事になります。従って、
其れとは違った西洋史観でのみ誤った講釈を売って、衆を惑わした在来の考古学や史学の弊害から日本文化を守 り、また日本人の心を取り戻す事が出来ると信ずるものです。
尚、以下の円暦・方位に対して、天皇の崩御日を対照してご覧になれば、真の天皇陵が確認できます。其の天皇の当
時の皇居との位置関係を知れば、別に発掘しなくても被葬者を特定し確定できる訳です(天皇の宮と崩御日については 別紙をご参照下さい)。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・●◎○■□◆◇▲△▼▽★☆ ●◎○■□◆◇▲△▼▽★☆
010● 1/ 1←→▲193◆ 7/ 2
● 1/1~12/28.5←→◆ 6/28.5~7/2・・・・・・・・北葛城郡・河合町飛び地。狐塚古墳 総長99m
011● 1/ 2←→▲194◆ 7/ 3
012● 1/ 3←→▲195◆ 7/ 4・・・・・ ・・・・@宇治、二子塚古墳112m。
同上・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ A
013● 1/ 4←→▲196◆ 7/ 5 ・・・・・・ ・・奈良・佐紀・瓢箪間古墳96m。
014● 1/ 5←→▲197◆ 7/ 6・・・・・・ ・・明日香村・中尾山古墳、伝・文武天皇陵(大和檜隈安子岡上
陵)の候補地の一つ。
015● 1/ 6←→▲198◆ 7/ 7・・・・・ ・・・・・@天理市・アンド山古墳120m。
同上 ・・・・・ ・・・・・ A(大塚陵墓参考地)広陵町の馬見・新山古墳137m、前方後
方墳。此処からセマキシアモヒコ命イルヒと判読できる神代 文字の銘鏡が出土した。
彼は、磐余の宮に 居ついて敷島を統治し、セマキシ(島王)と
も呼ばれたが東日本を征服して大彦命と讃えられ、その名 声が高句麗にも轟いた。
よって高句麗王がこの鏡を作って献上したと判読出来る。此
れと略同文の鏡が別項(12/10) の伝・ヒバスヒメ陵から出土 している。
つまりこの新山古墳は大彦命の一族、または部下が被葬者
であると推定出来る。
同上 ・・・・・ ・・・・・・ ・・・ B伝・18反正天皇陵(百舌鳥耳原北陵)。 堺市・田出井山14
8m。反正とは不合。
同上 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・C
●1/ 6〜9←→▲ ◆ 7/ 7〜10 ・・・・・・ D桜井市・段ノ塚は上円・下方の形(82×105mの八角形)
で、伝・34舒明天皇(大和押坂内陵)陵。但し築造方位から 見れば10/9亡の舒明とは不合。
●◎○■□◆◇▲△▼▽★☆・・・ ・・・古墳の築造方位不明・・・ ・・・
・・・ ・・・ 高取町・車木ケンノウ古墳や明日香村・牽牛子塚(円墳)が、伝・35皇極(37斎明)天皇(大和越智崗上)陵
とされているが・・・ ・・・
016● 1/ 7←→▲199◆ 7/ 8・・・・・・・・・・・・・・@京都府・城陽市の芭蕉塚110m。
同上 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ A天理市・中山大塚古墳 120m。葺き石の量が8100トンと
推定され、卑弥呼の墓との説も有る外、伝・反正陵との説も ある。
同上 ・・・・・・ ・・・・ B大和・馬口山 109m。
同上 ・・・・ ・・・・・・ C北葛城郡・川合町・城山古墳・墳長 109m。
017● 1/ 8←→▲200◆ 7/ 9・・・・ ・・・・・・@伝・38天智天皇陵(山城・山科陵)。上円下方形の御廟山古
墳。上八角、下方一辺70m。天智天皇が12/3崩御として ユリウス暦なら一日違いでこの陵が合致する。
同上 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・A
●1/ 8〜9←→▲ ◆ 7/ 9〜10 ・・ ・・・・伝・14仲哀天皇陵(恵我長野西陵)。岡ミサンザイ古墳242
m。仲哀とは不合。
●1/ 8〜11←→▲◆ 7/ 9〜12 ・・ ・・・城陽市・久津川車塚古墳180m。
018● 1/ 9←→▲201◆ 7/10 ・・・ ・・・・・柏原市・玉手山13号墳 92m。円筒埴輪。
019● 1/10←→▲202◆ 7/11 ・・・ ・・・・・・・@大和・西乗鞍古墳118m。
同上 ・・・ ・・・ ・・・ A堺市・永山古墳104m。
020● 1/11←→▲203◆ 7/12
021● 1/12←→▲204◆ 7/13・・ ・・・・・・ 香芝市・大泉の丘陵地150m余りが伝・25武列烈
天皇陵(大和傍丘磐丘北陵)とされているが、
丘陵の地形が曲がっていて南北原形を留めず。
022● 1/13←→▲205◆ 7/14 ・ ・・・・・・・・
● 1/13~15←→▲ ◆ 7/14~16・・・・・・・・・玉手山6号墳 ・すべり台古墳 70m。後円部の東西の内、東側
から内行花文鏡、西側からは石釧が出土。
023● 1/14←→▲206◆7/15 ・・・・・・・・・・
024● 1/15←→▲207◆ 7/16
025● 1/16←→▲208◆ 7/17 ・・・・・・・・伝・仁徳天皇陵(百舌鳥耳原中陵)。堺市・大仙町大山古墳48
6m。仁徳に合致する。
●◎○■□◆◇▲△▼▽★☆ ・・・ ・・・ ・・・ 古墳の場所、及び築造方位について只今不詳 ・・ ・・・ ・・・
・・ ・・・ ・・・ 20安康天皇、39弘文天皇、42文武天皇、43元明天皇などの陵。
026● 1/17←→▲209◆ 7/18
027● 1/18←→▲210◆ 7/19 ・・・・・・・・
● 1/18~20←→▲ ◆7/19~21 ・・・・・・・・
028● 1/19←→▲211◆ 7/20 ・・・・・・・・@郡山陵墓参考地。大和郡山・新木山古墳123m。
同上 ・・・ ・・・ ・・・ A伝・17履中天皇陵。堺市・百舌鳥陵山(モズ・ミサンザイ)古
墳360m。履中には不合だが、1/16崩御の22清寧には 3日の違い。
実は履中が仁徳のために第二の陵を造ったもの。
029● 1/20←→▲212◆ 7/21 ・・・・・・・・・大和・河合町・中良塚古墳88m。
030● 1/21←→▲213◆ 7/22 ・・・ ・・・・・・伝・46孝謙(48称徳)天皇陵。奈良市・佐紀高塚古墳127m。
031● 1/22←→▲214◆ 7/23 ・・・ ・・・・・・御所市コセ山室古墳 全長30~40m。6c後葉。
032● 1/23←→▲215◆7/24 ・・・ ・・・ ・・・ 奈良市若草山・鶯塚古墳103m。反正天皇に合致。
033● 1/24..▲216◆ 7/25 ・・・・・・・・・
034● 1/25..▲ 217◆ 7/26 ・・・ ・・・・・@天理市・栗塚古墳120m。
同上 ・・・ ・・・ ・・・ A神戸市・五色塚古墳194m。
035● 1/26..▲218◆ 7/27 ・・・ ・・・・・・・行田市・埼玉稲荷山古墳117m。「ワカタケル大王」銘文の鉄
剣が出土した。
036● 1/27..▲219◆ 7/28 ・・・ ・・・ ・・・・@住吉区・帝塚山古墳120m。
A百舌鳥・乳ノ岡古墳 155m。
037● 1/28..▲220◆ 7/29
038● 1/29..▲221◆ 7/30
039● 1/30..▲222◆ 7/31
040● 1/31..▲223◆ 8/ 1
041● 2/ 1..▲224◆ 8/ 2 ・・・ ・・・・・・柏原市・玉手山12号墳・駒ヶ谷北古墳 55m。円筒埴輪、鏡。
042● 2/ 2..▲225◆ 8/ 3
043● 2/ 3..▲226◆ 8/ 4
● 2/ 3~9.▲ ◆8/10~16 ・・・・・・・・・・伝・24仁賢天皇陵。古市・青山野中ボケ山古墳122m。実は
仲哀陵かも。
044● 2/ 4..▲227● 8/ 5 ・・・ ・・・・・・和泉市・黄金塚古墳 109m。
● 2/ 4〜5.▲ ◆ 8/ 5〜7 ・・・ ・・・・伝・飯豊青尊陵(葛城埴口丘陵)。奈良・新庄町の北花内大塚
古墳90m。実は継体天皇陵か。
045● 2/ 5. ▲228◆ 8/ 6
046● 2/ 6..▲229◆ 8/ 7
047● 2/ 7..▲230◆ 8/ 8
048● 2/ 8..▲231◆ 8/ 9 ・・・・・・・・・・@群馬・白石稲荷塚古墳。
同上 ・・・ ・・・ ・・・A枚方市・鷹塚山 墳長約60m。排水池のため半壊。
049● 2/ 9..▲232◆ 8/10 ・・・・・・・・・
050● 2/10..▲233◆ 8/11 ・・・・・・・・・ @伝・文武天皇陵。明日香村。現地は削平されて今は
12/5~6/5 方位の小丘にに変形しているが、
方位で見ると、この日に崩御の宣化天皇の遺跡の可能性。
・・・・・・・・・ A大和高取・岡宮天皇陵は、実はこの日に崩御の宣化天皇陵の
可能性大。
051● 2/11..▲234◆ 8/12 ・・・・・・・・・(住吉区・帝塚山古墳120m。1/27日に訂正)。
052● 2/12..▲235◆ 8/13
053● 2/13..▲236● 8/14
054● 2/14..▲237● 8/15
055● 2/15..▲238● 8/16 ・・・・・・・・・
● 2/15~19.▲ ◆8/16~20 ・・・・・・・・伝 ・仲津姫陵。藤井寺市仲津山古墳290m。2/15崩御の応
神天皇に略合致する。
056● 2/16..▲239◆ 8/17
057● 2/17..▲240◆ 8/18
058● 2/18..▲241◆ 8/19
059● 2/19..▲242◆ 8/20
060● 2/20..▲243◆ 8/21
061● 2/21..▲244◆ 8/22・・・・・・・・・・・・松岳山古墳(国の史跡)。大阪・柏原市。前方後円墳120m。墳墓
の主軸は此の日2/21日。但し、石棺の主軸は11/27日。頭 部も11/27方位に。石製品や鏡が出土。
また墳丘から7cの船氏の墓誌(国宝)が出ているが時代が合
わない。麓に国分神社がある。3/3も参照。
062● 2/22..▲245◆ 8/23
063● 2/23..▲246◆ 8/24
064● 2/24..▲247◆ 8/25
065● 2/25..▲248◆ 8/26
066● 2/26..▲249◆ 8/27
● 2/26~28.▲ ◆ 8/27~29 ・・・ ・・・ ・・・ 御所・掖上鑵子塚古墳 149m。
同上 ・・・・・・・・・
067● 2/27..▲250◆ 8/28 ・・・・・・・・・・伝・五十瓊敷入彦命墓(淡輪ニサンザイ)宇度墓古墳180m。
● 2/27〜8▲250◆ 8/28〜9 ・・・・・・山城・平尾城山古墳110m。
068● 2/28..▲251◆ 8/29 ・・・・・・・・・・伝・媛蹈鞴五十鈴媛(倭トトビ百襲媛)陵。箸墓。纏向箸中古墳
280m。卑弥呼の墓との説。
069● 2/29 .▲252◆ 8/30 ・・・・・・・・・・ 柏原市玉手山3号墳・勝負山古墳106m。
● 2/29〜3/1▲ ◆ 8/30〜31・・・・・・・伝・22清寧天皇(河内坂門原)陵。羽曳野市・西浦の白髪山古
墳115m。
070● 3/ 1..▲253◆ 8/31
● 3/ 1〜4 ▲ ◆ 8/31〜9/3 ・・・ ・・・@伝・21雄略天皇(高鷲山平塚)陵。疑問である。
同上 ・・・ ・・・・・A羽曳野市・小白髪山古墳46m。
071● 3/ 2..▲254◆ 9/ 1
072● 3/ 3..▲255◆ 9/ 2 ・・・・・・・・・・柏原市・玉手山(松丘山)古墳130m(但し、石棺は5/26〜2
7方位に向いていた)。但し2/21と重複。
073● 3/ 4..▲256◆ 9/ 3 ・・・ ・・・・・・・伝・12景行天皇(山辺道上)陵。天理市渋谷・向山古墳300
m。 景行(11/14崩御)よりも忍熊王(3/5)に近い。
074● 3/ 5..▲257◆ 9/ 4
● 3/ 5〜14 ▲ ◆ 9/ 4〜13・・・ ・・・ ・山城・椿井大塚山古墳170m。大量の鏡を出土した。
075● 3/ 6..▲258◆ 9/ 5
076● 3/ 7..▲259◆ 9/ 6
077● 3/ 8..▲260◆ 9/ 7
078● 3/ 9..▲261◆ 9/ 8 ・・・・・・・・・・@伝・32祟峻天皇(倉梯岡上陵)陵。桜井市倉橋。彼の陵として
他に赤坂天王山古墳があるが下記の理由により疑問である。
同上 ・・・・・・・・・A赤坂天王山古墳。此処は祟峻天皇の命日(11/3)とは違う
が、浄御原宮から3/10〜9/9のラインに当たるので天武 陵とすれば合致。
079● 3/10..▲262◆ 9/ 9
● 3/10〜12▲ ◆ 9/ 9〜11 ・・・ ・・・御所市・室大墓238m。伝・孝昭、孝安天皇陵、或いは武内宿
禰の墓との説も。
080● 3/11..▲263◆ 9/10 ・・・ ・・・・・・・・@天理市・西山古墳180m。
同上 ・・・ ・・・・・・A御所市・掖上鑵子塚古墳149m。7/24崩御の斎明陵とさ
れているが、寧ろ3/11崩御の神武天皇に合致する。
081● 3/12..▲264◆ 9/11
● 3/12〜14▲ ◆ 9/11〜13・・・・・・・・伝・27安閑天皇河内古市高屋丘陵。羽曳野市築山(高屋城
山)古墳122m。安閑天皇の崩御日に異説有り、安閑2乙卯 /3/13には合致するが、12/17説には不一致。
尚、この古墳の主軸の先にカナヅカ古墳、鬼俎・鬼厠古墳が
連なる。
082● 3/13..▲265◆ 9/12
● 3/13〜14▲ ◆ 9/12〜13 ・・・・・・・伝・日本武尊白鳥陵。羽曳野市・軽里大塚・前の山古墳190
m。此処も安閑天皇の崩御日の一つに略合致する。
083● 3/14 .▲266◆ 9/13
084● 3/15..▲267◆ 9/14
085● 3/16..▲268◆ 9/15
086● 3/17..▲269◆ 9/16 ・・・・・・・・・・@天理市・黒塚古墳128m。但し、前方後方墳。
同上 ・・・ ・・・ ・・A古市・旧白鳥陵。峯ケ塚古墳98m。
087● 3/18..▲270◆ 9/17
088● 3/19..▲271◆ 9/18 ・・・ ・・・・・・伝・29欽明天皇(大和檜隈坂合陵)陵。明日香村平田字梅山
(石山)古墳140m。但し、欽明(4/15)には不一致、27安閑 (3/15)または28宣化(3/17説)に近い。
そしてこの古墳の主軸の東にカナヅカ古墳→鬼の俎・鬼厠
古墳→天武・持統合葬陵と一筋に並んでいる。
089● 3/20..▲272◆ 9/19 ・・・・・・・・・・古市・墓山古墳225m。応神陵の陪塚と解釈されているが疑
問。履中(3/15)に近いが、実はヤマトタケル。
090● 3/21..▲273◆ 9/20 ・・・・・・・・・・古市・野中宮山(足塚)古墳154m。
091● 3/22..▲274◆ 9/21
092● 3/23..▲275◆ 9/22 ・・・・・・・・・・
● 3/23〜24▲ ◆ 9/22〜23 ・・・・・・・桜井市・メスリ山古墳250m。履中天皇陵か。
093● 3/24..▲276◆ 9/23
094● 3/25..▲277◆ 9/24
● 3/25〜28▲ ◆ 9/24〜27・・・・・・・・天理市・波多子塚古墳145m。
095● 3/26 .▲278◆ 9/25 ・・・ ・・・・・・・@天理市・赤土山1号墳(前方後方墳)110m。
同上 ・・・ ・・・・・A天理市・ヒエ塚古墳125m。
同上 ・・・ ・・・ ・・・B大和・灯籠山古墳110m。
同上 ・・・ ・・・ ・・・C
096● 3/27..▲279◆ 9/26 ・・・・・・・・・・北河内・禁野車塚古墳110m。
097● 3/28..▲280◆ 9/27
098● 3/29..▲281◆ 9/28
099● 3/30..▲282◆ 9/29 ・・・・・・・・・・美原町・黒姫山(墓山・荒陵)古墳114〜116m。甲冑などが出
土しているので武人の墓である。仮に其の武人が履中妃となっ た黒姫の父とすれば羽田矢代宿禰か。
100● 3/31..▲283◆ 9/30 ・・・・・・・・・・・
■尚、参考文献は巻末 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
■此れは仮説ではなくて、太陽暦に重ねて古式祭による祭政一致を行っていた古からの日本文化の原理です。其の
具体例を公開したのが別紙の「神々の歳時記」です。
●別紙の「各種暦」、並びに「日知り事典」や「神々の歳時記」の各項のご理解には「366円暦」との照合が大切です。
もし手元に円暦 がない場合に其の日の円暦方位を算出するには、固有の月日について、「古墳の方位」や別紙の「月 の暦」から「回bO01〜366」と照合下さい。
そうすれば例えば冬至(12/22)はbO00(366)、或いは夏至なら6/22=bP83と判明します。其れに360/36
6を掛けますと冬至は0°、夏至は180°と算出できます。同様にして例えば2/6の角度を求める場合は、046×3 60/366=約45°25と算出出来ます。
■上記の通り、366/360の比率で冬至を基準にします。現行月日を其の366方位に換算して真北からの角度を算定す
る事も可能ですが、別紙の「日読み暦」にも図示して有りますのでご参照下さい。また円暦の実物をご希望の方は、「メ ールフォーム」または掲示板から当会とコンタクトを取って下さい。
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