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月読み4太陰太陽暦・陰陽暦の解説4)

  日知り  月読み4


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▲せ
▲せ・・・・・

生育サイクル・・・・・生物や植物は月のサイクルで個別に生育する。よって機械の部品の様な一律の物にはなり
ません。例えば木の葉一枚一枚が全て手作りのように個性的に作られます。

何れも多種多様な存在なので、数式だけの科学とか、一律のカレンダーで理解するのは無理であり、例えばデジタル
式の機械的な観念で対処すれば生育を破壊する事にしかならない。自然界は人なら「十人十色」と言い、植物ならば
「矢張り野に置け野辺の花」と言うように、自然にあってこそ無事育つ。

なので、人為的な植え替えや植栽も無理が伴うのであって、そうした大陸的な画一化した農法を採り入れた結果、日本
の農業が失敗続きとなった。原因は其の辺のボタンの掛け違いからである。植物の理解は遺伝子操作の科学やパソ
コンや書物からの知識で計画的に肥料を施すよりも、各々の現物に触れたり、月のサイクルで理解した方が良い。

例えば、果物は新月に摘果しては形が同じでも美味しくない。摘果は満月が良いのです。天の暦法を無視して植物と
か化学肥料だけを理解しても役には立たない訳です。また例えば植物はミミズの養分で成育するし、春の桜などは蝶
や蜂が活動する時期に開花し、結実します。

そうした自然の循環、つまり月の周期による水の巡りや土(微生物)の働きなど、全体的な共生サイクルを知らなければ
農業を駄目にするし農薬処理をしては自然破壊を進める事にしかならない。

また庭木の剪定の場合も、画一的な知識では庭木を駄目にするので冬の休眠期、春の生育期、夏の開化、秋の収
穫・蓄積期と言う月の循環を心得た上、多様な現物に沿った仕方で各々に手で触れて対処し、体験を積んで経験とす
るのが良いのでしょう(「自然」を参照)。青少年の教育も此れは通じる面が有ると思う。

木々は満月まで地中の水分を上へ上へと押し上げて行きます。葉っぱと果物などにも十二分に蜜を満たすのです。従
って此の時期に摘果した果物は格別美味い反面、竹を伐れば水が噴き出すし、木々を伐れば途中で幹が裂ける。伐
ったり剪定した場合の木の枝葉も実に重たくて、伐った後のゴミ処理にも苦労するし、燃やしても中々燃えません。

其れに対して逆の時期の新月には地下に水分を下しますので、木々は伐り易く、しかも処分が楽です。但し果物は不
味い。満月の時と例え全く同じ形であっても、極端にいえば水気が不足してスカスカな味です。所が地下茎の作物であ
るイモや大根は此の時期に採れば実に美味しい筈です。

正北・・・・・此れには二つの意味が有り、一つはシナの冬至であり、もう一つは東京天文台が方位の北を真北ではな
く、「正北」と言うものだがグリニッジ式子午線(地軸)の北なのかシナ式の正北なのか意味不明(天文台は定義せず)。

節句・・・・・・節句は節供とも言い、五節句が有る。其の1つに節分や「桃の節句」が有ります。何れも季節の節目に
当たって心して邪気を祓い、新しい季節を迎える為の節目でした。邪気祓いの為に、その季節に生き生きしている旬の
植物を食し、その力を自分の身体に取り入れる意味があったのです。

五節句としては▲人日(1/7 七草・・・七草粥)▲上巳(3/3 桃、よもぎ・・・桃花酒、のちに甘酒、白酒)▲端午(5/5 菖
蒲・・・ちまきや柏餅)▲七夕(7/7 竹、瓜・・・そうめん)▲重陽(9/9 菊…菊酒)があります。五節句は江戸時代に、宮廷
文化を習って幕府が定めたものですが、桃こと上巳の節句は、古代中国行事が元になります(「ひな祭り」を参照)。

漢の時代、徐肇という人に女の三つ子が誕生しましたが、三日後の三月始めの巳の日、三人とも亡くなってしまいまし
た。これを祟りと考え、人々は水浴しケガレを祓ったのですが、以来この日を悪日として、水辺で不浄を清める行事が
始まりました。この「曲水の宴」が日本の行事と結び付き、次第にひな祭りへと進化して行ったのです。

-------以上はメルマガ「作務衣の専門館 伝統芸術を着る会」http://www.samue-e.com/より転載。注:何れも旧暦
行事なのだから此れを西暦に数字だけスライドして行う日本の今の文化行事は文化破壊である。

善光寺・・・・・長野市に創建される以前は飯田市にあった。其処を元善光寺と言う。本田善光が浪速の堀江の海か
ら拾い上げた仏像を本尊とし、秘仏とする。日本に仏教渡来した初期、もしくは推古天皇時代からの古寺である(歳時
記の2/1頃を参照)。

千手観音・・・・・手が千本もあると言う蜘蛛の妖怪のような観音。実は太陽観測の玉串の祭りを仏像に仮託・置換し
て教えたものである。観測は女性も参加したので女性的な観音様が多いが、全て女性と言う訳ではない。

剪定・・・・・・・植木の刈り込み。此れは普通、秋に行うが、特に満月には木の実を収穫するのが良い。満月には木
の上に水分が凝縮するので其の瑞々しさが滋味を豊かに美味しさを増すからです。また逆に植木の刈り込みをするの
は新月が良い。仮に満月にすれば、樹木にも枝葉にも水分が多くて重たい。重たいから伐ってる途中で枝が割れる。

刈り取った枝葉を掻き集めるのも重くて大変である上に、水分が多いから焼却に手間取る。其れが逆に新月であれば
乾いているため軽いし、生木であっても直ぐ燃えるのです。また根菜類の収穫も此の理屈からは新月の方が良い筈で
ある。

▲そ

葬法・・・・・ネパールやインドなど、ガンジス川の流域の人々は肉親の死体を川のそばで焼いて、灰を川に流す。月
の世界では万物が水神から生まれるので、死となればまたその水神を通じて月に魂を皆で返そうとする訳です。やさし
いですね。でもそれは月世界の風習ですから日本でやれば深刻な問題にする。

即身成仏・・・・・死んでからではなくて生きている内に菩薩行をしてホトケになれと言う教えだったがやがて誤解され
て生き埋めの論理となった(「補陀落渡海」を参照)。

▲卒塔婆・・・・・・死者の菩提を弔う墓(スツーパ)の事だったが今は板塔婆の事。「五行」を参照。

ソンクラーン・・・・・・・・タイのお正月。タイには中国系の人も多いので西暦の1/1の正月の外に、05年は2/9に
旧正月(春節)を祝う。また本当のお正月は4/13〜15の3ヶ日にします。この頃は暑い時期となるので「水掛け祭り」
となり、其れを楽しめます。先ず4/13日は、寺にお参りした後、年長者に挨拶に行って、手に水を掛けて頂く。

次の14日は外出せず家にいます。この日は神がご不在なので出歩かないのです。そして15日には各種の催事・行事
が町中で行われます(05/3/12のNHKラジオ深夜便より引用)。

▲た

▲た・・・・・

大海潮・・・・・・・・中国セッコウ省杭州で見られる満潮の事。呉の時代から毎年仲秋の名月頃の風物詩。人々が各
地から大勢駆けつけて海岸には人が溢れ、塩官の浜の清国時代の鎮海塔などは鈴生りの人だかりとなる。1985/10/2
日も満潮だった。西暦10月でも此処は真夏のように暑い。此処に時速凡そ25kmで南潮と東潮が押し寄せる。

海から凡そ80km離れた杭州湾への逆流が壮大なスケールで始まる。魚鱗岸壁には1u当たり7トンの水圧が架かる。
なので人々は海岸を戯れながら逃げ回る。中には波に浚われる人があってこの日は死者が出た(06/4/30のNHK総
合TVより引用)。

大気循環・・・・・従来、気象学では大気の流れを「前線」と言う観念で説明して来た。所がそれでは矛盾が多くて予
報を毎回狂わせて来た訳です。大気圏は薄く広がり、其処を前線ではなく、S字状に龍が渦巻いている、と見た古代の
見方の方が的を射ていた。

其処で最近は高気圧と低気圧が東北方に働く事をハドレー循環とし、そのS字状の流れの向きが夏と冬では逆転する
事を知り、また南北に働く動きをモンスーン循環とし、そして赤道に沿って東西に動く貿易風(偏東風)を先ずウォーカー
循環と呼ぶ。

それに対して高緯度圏を移動するジェット気流(偏西風)がある事に注目し始め、此れが数万年単位で地球の大気を支
える「角運動量の保存」として考えるようになった。実際、気象衛星の映像を見ても、これらが地球を鉢巻状に回って、
龍のように動いている様が分かります(教育テレビ2003/11/27筑波大・田中 博助教授の解説から一部引用)。

この様に学理や学名とは役にも立たない面倒くさい理屈です。初めの「龍」で良かったのです。

泰山(タイザン)・・・・・・岱山。古来シナの五岳中、東岳の名山。山東省にある海抜1450mの山。シナでは古来、「万
物は東で誕生する」と言い伝えて来た。其の東には日本があった。よって天子が此処に諸侯を集めてしばしば封禅を
行った。封禅(別項参照)の封とは天神に報告する事、禅とは地神を祭る事だった。

例えば秦の始皇帝はBc.220年に泰山で封禅をした。以来歴代皇帝が此処で封禅を行い、8cには玄宗皇帝が日本の
使者を迎えて封禅を行った。皇帝は此の泰山の封禅で、「死後に天帝になりたい」と祈ったと言われる(06/4/16のNH
K総合TV世界遺産より一部引用)。天帝とは龍座である。

泰山府君・・・・・・道家で祭る泰山の山神。日本のスサノオノミコト。閻魔王の太子。本地は地蔵菩薩。天の龍。

帝釈天・・・・・・インダラ、シャクダイカンイン、コウシカ、マカバ、バサバ、シャシバチ、千眼などの異名があり、梵天な
どと共に古代インド神話の代表的な天部の神、太陽神でもある。

台風・・・・・観音経には「風雨は観音力」とある。

太陽太陰暦・・・・・星の暦は上天を12天宮と12星座で区分し、全天を360°に分割する。此処から1年360日の
周期の赤道中心の純太陰暦が出来る。此れは実に数理的な暦法です。其れに対して黄道を中心とした暦法が太陽太
陰(陰陽)暦であり、1年365日を前提として閏月を挟む。と言っても実際は数字に拘る必要はない。

新月から満月に至る月の形を追って1日から28日を数えるだけで「月読み」の暦になるからです。その次は日数と言う
より方位に基づいて方位と整合させて観測したので何回かの閏月を挟んだ。例えば19年間に7回の閏月を挟む。或い
は8年に3回、または76年に28回(カリポス法、四分法)などが有る。此れが本当の自然科学です。

だけど実際は色んな太陽太陰暦があるから一緒くたにしてはならない。今の日本の「旧暦」と称する天保暦などは西洋
式の赤道中心主義による旧暦だから・・・・混乱する。

・・・・・竹は月の精である。竹の子はトリオ(三拍子)で芽を出すので、一本出ていたら其の近くにまた二本の兄弟
が見つかる。特に満月前後にはたくさん出て来て、先に伸びた兄貴分は一晩に1mも伸びると言われる。竹の子や竹
は節目を作るが、其れは月の波と同期して伸びた印である。

満月には其の節の中に地下茎から吸い上げた美味しい水を溜めている。そして竹は種類によって凡そ20年、60年、
200年の周期があり、一旦花を咲かせて全滅する。こうして、網の目のように張り過ぎて窒息しそうになった根っこを一
たん腐らせる。其れを養分にしてまた種から芽を出し再生するのです(事典の同項を参照)。

▲立待ち月・・・・・陰暦17日、つまり十五夜の翌々日の月を言う。夕方に立って待つ間に上ってくるような感じに見える
のでこう言った。

七夕・・・・・日本神話の神代には棚機姫が登場し、またシナには牽牛と織姫とのロマンが伝わる。其の何れによる
ものか不明だが古来、各地では竹笹に願い事を綴った短冊を掛けて天に祈り、川に流し、願い事の成就を願う風習が
続いた。此れは祓いを水神に頼る信仰であり、しかも夜空の星に祈る事だ。

時期としては旧暦の七夕は西暦のお盆の頃であり、旧7/7は何故か正月1/8の事始の逆の時期。そして三日月の4日
後の七日月であるから星が見える(15日・満月の頃では星が輝けない)。下町では井戸さらいが年中行事になってい
た。其れは夏至から七夕の頃までは太陽が上天に有って井戸の底まで明るいので其れだけ安全でした。

また周りが猛暑でも、井戸の中は冷たく気持ちよい時期だった為と思われる。しかし其の行事を西暦の7/7の梅雨の時
期に行えば星が見えず折角の伝統行事であるとは言え実は文化破壊となる。

▲種蒔きと収穫・・・・・・作物は月の力で育つので、月の周期にあわせて耕作するものです。つまり旧暦に従えばほった
らかしても豊作となる。例えば種蒔きは新月に、収穫は満月です(小林 明氏の談話)。

其の点で、明治以後、改暦と共に日本の農業が失敗の連続となったのは、西暦に従って滑らかな月の働きを7日単位
の土日でブツブツ切って農作業をし始めたからです。

端午の節句・・・・・一日の頂点を午前、正午、午後と言う様に一年を子午線で分ければ其の頂点が午になりま
す。午の時期は夏至である。陰陽暦を見れば分かる通り、旧暦5/5頃が西暦でも夏至の前である。

しかし暦法の設定時に誰が誤解したのか西暦の5/5を此の日(端午の節句)とし、「子供の日」と立夏と重なる頃にし
てしまったので今は有名無意味となっている。古来天子は、太陽がその年の頂点(端)に至る事を祝った。一年を陰陽と
して見た場合、夏を陽とすれば冬は陰であり、夏至を陽極とすれば冬至は陰極(子)になります。

其れに比べて現在の日本の暦で端午の節句は旧暦の三月か四月ですが、明治までの日本と今の韓国の旧暦の端午
の節句は、五月中気、つまり丁度、西暦の夏至の頃になります。其れが本来の端午であり、陽の極点でした。また古
来、陽は男子、陰を女子と見て来たので、其処から端午を男子の節句・祝日として来た訳です。

3/3の桃の節句が女子の祭りであるのに対してこの日は男子の祭りとなったが、この「子供の日」は毎年五日となっ
ている。其れに対して立夏は、2004年の場合、5/5であり、2003年は5/6でした。

子供の日はまた立夏と重なる例が多いが、立夏は太陽太陽黄径が45°になる方位なので、西暦のカレンダーでは固
定した日ではなくて、5/5〜6の間を前後する事になります。因みに立夏は、2004年と5年は5/5であり、2002年と3
年は5/6でした。

また、「端午の節句」と言う場合は旧暦行事であり、2004年の場合、5/5は旧3/17であり、満月とも重なり、この日
の未明に皆既月食が見られる。それに対して、2005年5/5は旧3/27になります。また2004年は旧3/17、其れに
対して2003年は旧4/5だったし、また2002年は旧3/23でした。
             
▲ち

▲ち・・・・・ 

畜生道・・・・・・人が死ねば身内の人は「天国に旅立った」と言う。でも天国はそう簡単に行ける所ではないので、殆
どの死霊は六道輪廻をさ迷い、多くが畜生道に落ちる。其れを釈迦は嫌い、人が畜生道に陥らないように、生きている
内に修養(菩薩行)して成仏する道を説いたのである。此れが月の教えでした。仏教はこのため肉食を禁じた。

月は黄泉、つまり夜空を見て暮らす人々に対する教えでした。黄泉の世界は西方浄土の阿弥陀世界であり、静かな夜
を極楽とする。獣もまた夜行性なので遊牧民も夜行性になります。またケモノとの暮らしは肉食になりますから其れを
戒めたのです。夜間行動とは夜行性であるから北天主義となる。軍隊や武士も同様だった。

バチカン(カトリック教)や星族たちやスポーツ選手も血肉を食らい、獣のエネルギーを借りてパワーとする類であるが、
現代日本人も都会人は肉食となり夜行性となり、その種の日本人が使う地図も北を天とする図北主義、北天主義の部
類になっている。だから都会人の多くは親を捨ててペットと暮らす。

ケモノや夜型には波長が合い、心が慰められるからと言うのだが、中には人間性を減らし、畜生以下の心しか持てなく
なって事件を起こす人も増えた。つまり畜生道とは仏教の中にあるのではなくてあの世に行かなくてもこの世の欧米や
娑婆(都市生活)にも一杯あるのです。因みに古代インドの場合は北天主義ではなく南天・南都6星だったと思われる。

仲秋の名月・・・・・旧暦の8/15日を「仲秋の名月」として祝う事。例えば西暦では05/9/18になるが、月の事は西
暦カレンダーでは全く分からない。旧暦ならこの晩には満月となり、また次の05/10/17が満月になる。

これらを「先の月」と「後の月」と呼び、この二つの月を見るのが良いとされ、片方しか見ない場合を「片見月」として忌
み嫌った。因みにhttp://science4.2ch.net/test/read.cgi/sky/1039275406/703-803「暦について語る」から引用すれ
ば、735 :名無しSUN:2006/10/05(木) 20:56:23 ID:SEt+AiKi---明日は中秋の名月だが、お天気よくなさそう。

今後の中秋の名月---2006/10/06(金)--2007/09/25(火) --2008/09/14(日) --2009/10/03(土) --2010/09/22(水) --
2011/09/12(月) --2012/09/30(日) --2013/09/19(木) --2014/09/08(月) --2015/09/27(日) --以上。

▲つ
▲つ・・・・・

・・・・・月は作物と女性の守護神である。だから月を祭り、月の周期を暦とし、その「月読み」の暦で作物を育てれ
ば総てが丸く収まるし、女性はより美しく女らしくなり、譬え嘘吐きでも男性を惹き付けるようになる。その月の精は水で
ある。とは言っても天文科学的に見た現実の月には水はない。

水も空気もなく岩だらけの世界だった事は、1969年にアポロ11号宇宙船で38万kmも離れた月に行って、3人が着地
して確認した(一部で疑問視されているが)通りである。月には水がないが、地球の水を引力で支配するのです(満潮、
干潮など)。

またツキは、三日月とか満月とか色んな月がある訳ではなくて、一つの月が変化して色んな顔を見せます。新月から毎
日太り始めて満月に向かう。そして満ちれば欠けて痩せて行き、やがて消えて無月、新月となる。満月から次の満月ま
での1サイクルが約30日であり、其れを一と月と言う。

晴れていても月が見えない場合は新月ですが、このサイクルを知らないと見間違う。例えば満月から13日後には真夜
中に出て翌日の昼頃まで出ているのです。夕方から夜まで出ていないので、其の日の月を新月と勘違いしては駄目で
す。月の動きを一時間単位で観測して見れば、月の通り道が分かります(05/8/24のNHK教育TVより借用)。

こうした月の通り道を白道と言う(別項を参照)。そして月は三日月の時は横顔だけを見せ、次に満月には丸裸になり
ます。いやスッピンの顔に満面笑みを浮かべて見せます。人類の女性たちも白粉を塗ってノッペラボーの月のようにな
ればきっと美しく見えます。でも月は裏面(お尻)を中々見せないのです。

月末(つきずえ)・・・・・旧暦の月末は大小の別があり、大の月は30日、小の月が29日で終わった。しかし何れにせ
よ毎月の月末は必ず月のない闇夜でした(支払いが溜まった人の心も月末は闇だ)。因みに今の31日・大晦日と言う
日は有りませんでした。ともあれ旧暦は、現行の西暦よりも天文学的であり自然科学的でした(ツゴモリを参照)。

▲月待ち・・・・・満月を待つ祭事。寺の行事の名残として今も観月堂などがあり、また寺社では共に定例・月例の月次
祭を行っている(しかし西暦!で)。外に「二十三夜尊」も参照。

月名・・・・・旧暦の1月は睦月、2月は如月、3月は弥生、4月は卯月、5月が皐月、6月が皆月とし、7月を文月、8
月を葉月、9月を長月、10月をカンナ(神無月)、11月を霜月、12月を師走と言うのが定説です。だから今は例えば
西暦の1月=睦月、2月=如月としているが此れは間違いだ。しかし今は其れを常識としているので文化破壊である。

此れでは実際の時期が1ヶ月ズレてしまうのだ。何れにせよ、もっと昔は東西中南北(キツヲサネ)の方位と重ねて南の
月をサツキ、北の月をネノツキ(子月)と言ったので、其れに重ねて見直せば、旧暦の1月は睦月=寅月(北北東)、2
月は如月=卯月(真東)、3月は弥生=辰月(東南東)、4月は卯月=巳月(南南東)とし、

5月が皐月・五月(さつき)=午月(真南)、6月が皆月=未月(南南西)、7月を文月=申月(西南西)、8月を葉月=酉
月(真西)、9月を長月=戌月(西北西)、10月をカンナ(神無)月=亥月(北北西)、11月を霜月=子月(真北)、12月
を師走=丑月(北北東)とした事が分かる。

例えば梅雨の時期の西暦の6月のカレンダーに日本では親切に「水無月」と注釈している。雨天続きの梅雨を「水無
月」とは此れ如何に。変でしょう? 「変だ!」と気づいた方は、旧暦を理解したことになります。

因みに神代時代の伝記・上記(うえつふみ)では春夏秋冬をメハル、サナツ、ミアキ、ネフユと呼び、また1〜12月を
「むつび、けさり、いやよ(ろし)、うべこ(うべかし)、さなえ(はやれみ)、みなつ(たなよなみ)、ふくみ(ほふくみ)、はやれ
(はれみや)、なよな(くみよなみ)、かなめ(かむなめ)、しふる(としふる)、しはつ(としはつる)」と読んでいた。

(カッコ内は別名)。そして1年を360日として余りを閏(ツドビ)としたと書いている(「卯月」、「月割り」を参照)。

月のエネルギー・・・・・・・太陽は毎日、地球に大きく影響するが、月は月に2回程度影響する。新月と満月と言う作
用と反作用である。此のように太陽エネルギーに比べて月の其れは極めて微弱である。引力や水の作用があるため、
昔から人は水車も船も水力に依存して来ました。更に今の人類は化石燃料を使い始めた。

原子炉に使うウランや石炭だって言わば化石と同類である。此の場合は月ではなくて星の屑の部類です。其の点、月
神崇拝のアラブ諸国は産油国であり、シナはその最大の消費国になりつつある。現代まで、中国はエネルギー資源の
大部分を石炭で賄っており、またウランや石油の最大の浪費国が米国でした。

であるが、2004年には米国に次いで中国が原油輸入の第二位となり、更に2030年までには現在の五倍になると試算さ
れている。そのため中国の国防費は14年連続で二桁で伸びており、特に海軍力の増強が目覚しいが、此れはシーレ
ーン(輸送ルート)確保が国益の命題である事を示している(03/12/25サンケイ記事から一部引用)。

因みにブラジルは最近、国策としてサトウキビからガソリンより安いアルコールを作っている。此れも月の代替エネルギ
ーであるが、食糧インフレと食糧不足や食糧危機加速のジレンマを伴う。

月の国の国旗・・・・・・月を暦とする国々は国境や港に月の旗を掲げた。「郷に入って郷に従え」、「此処からは月に
従え」とする意思表示です。満月から三日月まで色んな月形があるが、月は水のシンボルなので国旗全体を横縞デザ
インにした国も多い。或いは月の天下では「皆平等」と言うデモクラシーを標榜する国は縦縞を横並びさせた。

因みに中国の歴代皇帝に謁見する場合は「竜顔を拝する」とした。清朝の国旗も黄龍旗だった。龍こそ水を司る月神
の使いであるからです。だが中国共産党になって五星紅旗に変わった。此れは月の天下で表紙だけ星の国に変貌し
ようと言う危険な試みである(図説3を参照)。

月の通り道(白道)・・・・・・天体は弧を描いて移動するので、太陽の其れを黄道、地軸に沿った星座を赤道、其れに
対して月の軌道を白道と言う。月光は眩しくないし、夜空では一番目立つので観測し易い。

もし自宅に格子が有るとか、近くにフェンスなどが有れば、定点に立って一時間毎に其処に印を付けて置けば、無理な
く月の軌跡を辿る事が出来る。

▲月は、新月から次の新月まで略29.5日の周期で黄道付近の白道を巡って地球を回るので、毎月の満月の位置を
赤丸で印して行きますと、毎月平均30度づつ動いて12ヶ月余りで天を一周する事になります。

月の波(周期)・・・・・・月は新月から三日月、上弦、満月、下弦、新月と形を変えて波を作る。潮の満ち干や作物
の生育もこの月の波によって生理が成り立つ。植物は満月には上に水を吸い上げて果実を美味しくさせるので摘果の
好機です。しかし新月には地中に水分を戻すのでこの時期に摘果した物は同じ形をしていても旨くない。

筍(竹の子)なども満月にはたくさん出てくるし生育が早く、一晩に1m伸びるとも言われる。女性の生理の波も個人差
があるものの、こうした月の波に従って循環すると言われる。つまり女性は月の波の受信機であるから農業に適してい
る。ただ人の血液も月の周期で同調・変調するため、事件や事故の発生率が増える。

例えば05/4/25(旧3/17)、月曜の09:20頃、JR尼崎列車衝突事故で死者95名の大惨事となった。スマトラ津波は1
2/26(満月)、今回のJR事故も満月(24日)の翌日(月齢16.6)だった。尼崎の事故の原因についてはスピード、
置石、あせり、運転未熟などが挙げられているが、要するに人災であり、この人災は満月に起因するとも言える。

星の世界は規則に忠実であるが、月世界の人の心は波に揺られ、規則よりも実益に左右される。国鉄からJRに民営
化(転換)した目的は赤字解消のため、利潤追求に転換した訳であり、其の目的に沿ってこの人災は当然にして起きた
と分かろう(事典の「台風、地ゆるぎ」を参照)。

さて上弦も要注意日。特に上弦の月と其の前日は危ない。火山の爆発や、「火」と関係のある事故災害が起き易
い。満月は1ヶ月の中で最も要注意の期間。特に地震、台風、洪水、火災のような災害が起こり易く、それ以前に災
害のない時ほど大災害になり易い。例:阪神大震災、日航機の羽田沖墜落、中華航空機の墜落事故。

下弦は日本や東南アジアでは、この時期の災害が大きくなるケースが多い。特に水の災害や地震と台風に用心した
方が良い。下弦の月の前日は特に注意日。例:関東大震災、中国満州大地震。

新月・・・災害や事故の面で最も注意したいのが、新月に当たる日の2日前と1日後。地震や雨水害が起こり易い。
例:中国大地震。満月・新月には暴走型の、上弦・下弦にはウッカリ型の事故が発生し易い(「上弦」以下の解説
はARM、阪谷氏が毎年無料配布している「事故災害発生予測表05年版」から引用した)。

交通事故や暴行傷害事件となるのも月の周期による人間の気の緩みや逆に極度の緊張感やイライラ、ストレスなどか
ら発生し易い。

月並み祭・・・・・全国の寺社では毎月定例の縁日として「月並み祭」(月次祭)をしている。其の日を15日と決めてい
る所は満月を愛でる月神の祭りであり、仏教寺院の祭りである。其処が譬え神社であったとしても、元は仏教系だった
事になります。

其れに対して同じ月並み祭でも毎月の1日と決めている所は新月、つまり月のない暗闇の夜を選んでいる所であり、其
れは実は星を観測するためでした。と言う事は、後者の素性は仏教ではなくて儒教かその他の宗派と言う事になりま
す。

月の祭りの功罪・・・・・満月を祭れば収穫が豊かになり、多産となる。しかし月は変化を起こす神であるから波の振
幅が大きくなり、喜怒哀楽の波も大きくなる。つまり作物は育つが不作の波もあり、天災地変が打ち続く。大食は大便
をもたらし、マスプロは大量消費で大量ゴミを作る。

民主化は愚民化となってアミーバのように自己増殖する組織が何処も「小田原評定」の会議が増えて行く。制度も朝令
暮改の改正・改暦が続いて政権がクルクル変わる(ヒジリ「三族」を参照)。今の日本政府と企業も此の仲間である。

月見・・・・・秋の風物詩と言えば「中秋の名月」ですが、現代のお月見で代表的なものとされているのが、旧暦八月
十五日の十五夜。此れは中国での行事が元々のようです。もう一つのお月見が、日本独自の風習、十三夜。

どちらも秋の収穫を月に供えて感謝しますが、十五夜は「芋名月」と呼んで里芋やサツマ芋を供え、十三夜は「豆名月」
「栗名月」と呼んで豆や栗を供えました。

さて、秋の味覚、芋栗は勿論ですが、日本人として忘れてはならないものがお米。米の粉でお月見団子を作る習慣。お
団子の数は、一年に因んで十二個、閏年には十三個を供えます。十五夜なので十五個、十三夜なので十三個供える
風習もあるようです。

形も月を模した丸いものが主流ですが、京都や大阪では、一方の端をとがらせて里芋のような形を作るとか。04年の
十三夜は、十月二十六日火曜日です。

とは言っても、月が人間の旧暦にぴったり合わせて満月にしてくれる筈もなく、実際の満月は二十八日ですが、実は十
五夜と十三夜、片方だけを拝むのは「片見月」と言って縁起悪いものとされています。私は十五夜をやり過ごしてしまっ
たので、せめて十三夜だけでも祝いたいのですが・・・・月を中心として陰暦で暮らしてきた日本。

その為か、月には様々な俗信があります。「十三夜を拝むと成功する」と言うのもその一つ。他の月にはどんな言い伝
えがあるのでしょうか。

三日月・・・お豆腐を掲げて拝むと幸せになれる。▲四日月・・・見ると頭痛がしない。▲六日月・・・見る物ではないと
されています。▲十日月・・・沈むまで夜なべをすると、お金持ちに。
▲満月・・・月光で十五の娘が針に糸を通すと、お裁縫が上手になる。

十六夜・・・見ると恥をかく。▲二十三夜・・・拝むと病気しなくなる。▲真夜中の月・・・二十三夜の月の事です。ちょう
ど子の刻(午前零時頃)に上がる事からきています。陰暦二十三日の夜半過ぎにこの月を待つと、願い事が叶うという
言い伝えがあります。

----以上の「月見」の記事は「作務衣の専門館 伝統芸術を着る会」 http://www.samue-e.com/メルマガから引用し
た。

月夜・・・・・

月読み神社・・・・・京都の松尾大社に月読神社があり、また竹取物語の伝承地である奈良や京都(綴喜郡)には天
女伝説も多く、例えば京田辺市大住には、祭神が月読尊・伊邪那岐尊・伊邪那美尊である延喜式内月読神社がある。
或は出羽三山の月山に月読命が祭られている。外にも島根・広瀬町に月山があるが神社があるかどうかは不明。

例えば出羽三山の場合は、山形県東田川郡羽黒町手向字手向に月山神社・出羽神社・湯殿山神社を言う。以下、引
用する。

●出羽三山とは−出羽国(でわのくに)(山形県など)にある月山(標高1984m)、湯殿山(同1504m)、羽黒山(同414
m)の三つのお山の総称です。出羽三山のご祭神は月讀命、ほか伊波神、稻倉魂命、大己貴命、少彦名命、大山祇
命などである。

●三山神社の御祭神は−月山神社は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御弟神であられる月読命(月読みの
命)・・・・三山の本地仏は、羽黒山が聖観世音菩薩、月山は阿弥陀如来、湯殿山は大日如来となっている。お祭りとし
て三神合祭殿で7月15日に例大祭、月山神社は8月14日、8月15日は湯殿山神社で本宮祭。

出羽三山を開いたのは能除仙で、別名を蜂子皇子(崇峻天皇の第三皇子)と言うとされる。すなわち羽黒山は588年
に能除仙により開かれた古い具体的な歴史を持つ山岳信仰の山である。能除仙は三本足の烏の導きで、出羽の山に
入ったと言う。

●御開山の年と御開祖は−今を去る1400余年前の推古天皇元年(593)に、第32代崇峻天皇の皇子・蜂子皇子が、奈
良の都からはるばる日本海を北上しこの地においでになり三本足の霊烏(れうう)の導きにより羽黒山を御開山され、
次いで月山と湯殿山を開かれました。

以上、http://www.kamnavi.net/it/higasi/dewa3.htm「五十猛命ホームページ・神奈備にようこそ」から引用。
因みに先の「三本足の烏」とは熊野では神武東征の際に天照大神の使いとして働いたヤタガラスの事。其れに対して
三山の例大祭はお盆の7月15日であり、月山神社の例祭は8月14日、つまり月遅れの盆である。

そして何れも阿弥陀如来が中心となります。

月読み族の政府・・・・・月の議会は会議ばかり多くて多弁であるが「小田原評定」となり、予算ぶん取りのような低次
元の利害の場となり、その官僚組織は常にアミーバのように自己増殖する習性(覇権)を持つが怠慢と無責任(半人
前)官吏が山ほどいても国民にとっては何の役にも立たない所と化す。

またシナのように覇権主義となって一時は大国になっても、清国の場合、列強からは力のない「眠れる獅子」または
「豚」と酷評された。日本の場合も今は法令が朝令暮改、税法もくるくる改正が続いて、専門家以外は誰も分からず、
税収は増えても官僚が腐敗して借金漬け、国の体制が内部から腐ってゆく。

月読み族は多弁・多産・・・・・月世界は多民族国家であり、多種多様の言語が飛び交う世界だ。此処は大量生産と
大量消費の世界であり、多弁・多産である。其れはまた多食・多便・多色・・・の世相を見せる。要するに女尊男卑かカ
カア天下の井戸端会議の世界になる。よって常に人口が溢れる。

なのでシナでは古来、人海戦術が採られた。マスコミと言う商業主義の言論界もまた主体性のない物となり、世論が
「撃ちてし止まん」と言えば其れを煽り、逆に戦争反対なら平和の合唱に一変する。この多弁と覇権(拡張)主義の井戸
端・世間話の品定め談義も月種に類する。06年にはシナでブログが急速に広がったのも当然です。

月読みと日知り・・・・・太陽と月との関係式、即ち日月を観測して陰陽暦を作った人を「月読み」と言い、他方、方位
との整合性の有る真の太陽暦を作ったのが「日知り」でした。しかし日祭りは当たり前の決まり切った法則とか道理を
説くから退屈で窮屈です。

それに対して月は優しく変化があり、其の薄明かりの下で見れば不器量も美女に見えるし幻想的で夢がある。こうして
不思議や奇跡を求める人々が月性であり月族であり、彼らが「月読み」の楽しみと実益を味わえる。

月読み族・・・・・月読みの暦を使う人達は、隣地で田植えが始まると同時に其れに一斉に倣う横並びの習性を持
つ。稲作民は寺の鐘の合図で水が回ってきた時が農事のタイミングでした。其の習い性から、今でも髪型、背丈、服
装、車、そして血圧や話し言葉まで何でも隣家や他人と比べて肩を並べようとする。

流行にも敏感で直ぐに「右へ倣へ」するので広がりが早い口コミ社会です。かつての京都・映画村、今はインドの映画
産業が近年世界レベルになったのも、情緒的で不思議を好む月性人が占める為だ。
 
月割り・・・・・月は元々方位で名付けた。時空を12等分して子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の12方位(中気)と重ねた
訳です。所がシナ大陸から渡来した今の陰陽暦は此の方位とはズレる。いや、西暦に数字だけ合わせたからです。其
処から様々な弊害が出た。其の一つが卯月=4月とする誤解である(月名を参照)。

或いはお役所の縦割り行政であり、お経のように長くて多弁(法律が多い)だが仕事はのろい(蛇のように足が退化し
休んで寝てばかり)。

ツゴモリ・・・・・月ずえ。月末。毎月一度、月が籠って(隠れて)暗くなる日(晩)。よってツゴモリと言う。月の最終日で
あり次の新月(月発ち)前なので闇夜となる。旧暦の月末は大小の別があり、大の月は30日、小の月が29日で終わっ
た。但し30日をミソカと読むので晦日とも書いたのであって、月末が全てミソカとは言わなかった。

ただNHKTVで06年末に「大つごもり」のドラマ(時代劇)をするが、江戸時代には公式でも私的にも31日・大晦日と言う
日はなかったし、理論的にも31の月はない。旧暦は、現行の西暦よりも天文学的であり自然科学的でした(月ずえを参
照)。

梅雨・・・・・梅雨は西日本の場合、例年6/11頃から始まって7月半ばまで続くが、近年は例年「気象庁泣かせ」と
なっている。此処が発表する「梅雨入り」と「梅雨明け」宣言が、例年「外れた」からです。04年の場合も西日本には梅
雨はなかった(その意味では此の年の6月は「水無月」で正しかったのかも知れない)。

雨天となったのは二度の台風と一度の夕立ちだけでした。要するに梅雨の期間中は連続猛暑の夏日が続いた。7/1
0には梅雨らしい雨天となったものの、其れは7月初の「梅雨明け宣言」の後でした。06年も沖縄だけ降りすぎて其れ以
外は空梅雨か豪雨となった。


▲て

▲て・・・・・

▲寺・・・・・ヒンズー教寺院とかイスラム寺院と言う様に、寺は仏教だけの専門用語ではない。ただ「寺」と書いた漢字
の意味を見れば、其れは「土」と「寸」で図示されているので、インドは別として、漢字圏では墓守と日時の観測の場で
あった事が分かる(事典の「寺」「時」を参照)。

天気(波)カレンダー・・・・・日本の気候風土は古来「五風十雨」(別項参照)と言われて来ました。お天気は生き
物であり、生体波のような自然のリズムで動く浄化作用の現象です。だから機械的な数字カレンダーには馴染まない。

例えば月日によって過去30年間の天気情報を入れて其の平均値を算出すれば、どの日も、平均化されたデータの、何
の変哲もない波になってしまうからです。其の点、当会の天気カレンダー(別紙に掲載)は、上の五風十雨の循環表に
なっているので一年前の予測の的中率が平均7〜8割と言う実に素晴らしい実績を続けています。

しかも一度決めたら100年間でも変更しなくて済むのがこの「天気カレンダー」です。

▲と

▲と・・・・・


▲な

▲長月・・・・・
七十二候・・・・・・・「し」の項を参照。
南中時刻・・・・・日読みを参照。



▲に

▲に・・・・・

二十三夜尊・・・・・・・・今は水戸市にあるが、外にも23夜講の痕跡を示す23夜塔などが各地にあった。此れは三
夜待ち、三夜供養など、何れも「月待ち」行事であり、多くは女性の信仰だった。ご本尊は月読尊、弥陀三尊、勢至菩
薩、月天子、月光菩薩、など一定しないが、要するに「月待ち」講である。

そして此の夜の月は26夜待ちと同様、「三体になって出る」と言う伝承がある。特に霜月(旧11月)23夜の行事と新嘗
祭とは、共に神の来訪を説き、忌み篭りをした(日知りの「日待ち」も参照)。また熊野にもあるが、奄美大島では此れ
が漁師の信仰となっていて、この夜は三味線を鳴らしたり御伽噺で月待ちをした。

その話は23夜尊の祭りのお陰で生き返った船頭の話とか、或いはサメから船頭を救ったお陰話として伝わっている。

二十六夜・・・・・昔はお正月の1/26と、其の逆の時期の7/26とは「26夜待ち」(6夜待ち)と言って大変楽しみな
阿弥陀三尊の縁日でした。

二十八宿・・・・・天の黄道を人為的に28に分割した目印の星座である。高松塚古墳にも描かれていた通り、四方に
七宿づつ、合計28宿として来た。

また此れは太陽の宿る所であると同時に月の陰陽暦では月がこの宿を毎日1宿づつ進んで一ヶ月に二十八宿を一巡
する(史記、シナ仏教)と見たからであるが、1年360日とする太陰暦やインド仏教の宿曜教、そして高野山真言宗では
此れを27.3日として数える「27宿」説を採る。

また此の宿の配分を天の赤道で区分するか、それとも黄道で区分するかで別の星座や解釈になってくる。何れにせよ
円暦(ヨミの天文図)では黄道で区分した28宿の距星(其の星座の中で一番西にあって明るい星)の位置だけを図示し
た。

二百十日・・・・・立春から数えて210日が9/1日ころ、220日目が9/11日頃で、台風シーズンとなる。だが実際
に上陸する確率はそれ以前の、立秋からお盆の頃である。日本列島も其の方位に延びているので此の頃の台風と何
処かで真正面でぶつかる確率が高く、恩恵度と同時に危険性も高い。


▲ぬ・・・・・

▲ね
▲ね・・・・・

年初・・・・・正月・元日を参照。年初は民族により太陽を祭る冬至(元旦)、月を祭る元日(新月立春・満月立春)、そ
して星を神とする春分の後の4/1(年度初め)・・・などの外、ヨーロッパの一部では秋を新年度とするなど、少なくとも
古来四回は存在する。因みに古代は冬至を真北で捉えて来たのに対して、今の天文学は春分点を起点とする。

太陽の国と言う日本までが今は黄泉の国の星を基準としている為です。

▲の
▲の・・・・・

農事暦・・・・・旧暦の事。農事暦は例えば旧来からある神宮暦(天保暦)であり、本書では「月読み」とか陰陽暦とし
て掲げている。此れらは自然の植生と順応したアナログのカレンダーであり、数式の星のカレンダー(西暦)と違って、農
作物の管理には最も適した暦である事から、農事暦とも言う。つまり太陰太陽暦であり、仏式暦である。

所が学者の殆どが西暦を一番優れた太陽暦として礼賛するに当たり、「太陽暦は農業のために発展した」と言う誤解
まで刷り込んで来たので問題です。農業に寄与したのは太陽ではなくて月なのです。しかも学者たちは更に「旧暦は非
科学的」と言う誤解を日本人に振りまいて来た。

しかし今の西暦(非科学的なカトリック暦)よりも、この農事(太陰太陽)暦のほうが月の周期と四季毎の太陽の出没角
度と合致した実に自然科学的な暦と言える。




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