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月読み2  陰陽暦の解説  

      月読み2

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このページは「月読み1〜5」の解説と最後に「夜見の暦」(月星暦の対照表)が有ります。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★



1.「月読み1」は・・・・・・★「円暦」を載せているため、悪用防止のため2011/3/20日から「非公開」としました。★

2.黄泉の解説
    ★黄泉とは「あの世」の事ではなくて夜見、つまり月星の動きを読む地域の事★

          
太陽は確かに明るいが大き過ぎて万物を焼き尽くし、人の命を奪う事も有ります。其れに比べて月は夜空で常に多くの
星を従える女王であり、また夜道を照らしてくれる光であり、更に熱砂の砂漠を冷やし、作物を育ててくれる優しい母で
ある。だから、この世界では月こそが神であり、太陽などは神ではなかった。

月は農業の神である。其れに対して西暦は星読みのカレンダーです。星族は月を魔物と見なして敵対して来た。所が
明治以後の日本は其れまでの月(陰陽)暦とは別の、星読みの西暦に改暦した。従って七曜式の日取りで仕事をする
ようになりました。

其れにって西洋式(機械化・化学肥料・分類化)の近代化をしたものの以来、日本の農業は悉く失敗したのです。です
から農業は太陽でも星でもなく、月神に従うべきである。例えば月に従っていた江戸時代、日本は100%自給自足出
来ていました(今は40%以下)。


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あうん(阿吽)の相・・・・・・日の出から日没まで光が一巡する事を陰陽関係と見て此れを阿吽と言った。其れは日本
語でアイウエオの五十音が「あ」から始まって「ん」で終わるように、梵語でも阿弥陀の「阿」は、口を開いて発する声とし
て説いた。

其れに対して、「吽」は口を閉ざした声であり、其れを悉曇(しったん)でも字母の最初と最後(初韻と終韻)としたもので
ある。此の陰陽相(関係)を寺院の山門では左右の仁王像、神社では本殿前の狛犬の口の形で表して来た。

またマントラ(真言)で大日如来をビラ・・・ウンケと唱えたり、或いは俗世間で、仲の良い夫婦を冷やかす場合に
「阿吽の呼吸」と言うのも同様の意味からである。

阿修羅・・・・・・・釈迦を擁護した帝釈天と熾烈な戦いをしたインド固有の戦闘の神であり、またヨーガの元となった
「呼吸の神」でも有るが、イスラム教シーア派ではアシュラと言う祭礼を最大の宗教行事として続けている(アッラーを参
照)。

アッラー・・・・・・・イスラム(回)教の神。元々は月の神であり、女神であり、阿修羅であったが、イスラム教(ムハンマ
ド)がアッラーを万物の創造主、全知全能の唯一絶対の神としたので一神教の神となった。アラーまたはアラホーとも
呼ばれる。

イスラム(回)教徒は、最後の審判の時にアラーが善悪功罪の総決算をすると信じて、「アラホー、アクバール」と挨拶
する。「アッラーは偉大なり」の意味である。所がエルサレムではムハンマドがユダヤ教のヤーウェから啓示を受けたと
も言う。そうするとユダヤ・キリスト・イスラム教が兄弟となります。

だが兄弟喧嘩が絶えませんし、其れではイスラムの特殊性まで見えなくなります。なのでヤーウェはギリシャのローカル
な星の父神、対するアッラーは月の女神と見たほうが誤解を避けられる。

▲雨・・・・・・雨には色んな降り方があるために色々な名詞となった。例えば秋雨、大雨、霧雨、小雨、五月雨(サミダ
レ)、時雨(シグレ)、驟雨、通り雨、菜種梅雨、にわか雨、春雨、氷雨、村雨、夕立、雷雨、・・・・・等と多様で豊かに表
現される。また水は龍の化身の1つであり、龍が此のように多様多種の雨を見せる。

ただ雨が何故降るのか、と言う点に関して、現代科学では諸説あって定説が無い。つまり物質科学では良く分からない
のである。従って観測は出来るが、其れを数値化して電算処理しようとも、気象予報は常に誤報・後報となる訳ですし、
従って人工降雨も殆ど失敗して来た。

雨乞・・・・・・古代シナの天子の主務は雨乞いでした。此のためシナの皇帝は代々龍を気取った。農作、特に稲作
の國では、最大の天敵が日照りだったからです。また長雨が続く時には請しょう雨(晴れ乞い)の儀式をした。例えば天武
天皇時代の雨乞いには黒馬、晴れ乞いには白馬をその神(貴船・川上社)に捧げた。

また一般村社の場合などでは雨乞いの儀式をやっても雨乞い踊りをしても何も効果がなかった時には、やけっぱちに
なって神輿を田んぼに突き落とした。或いは竜神池や水源地の滝壺などに汚物を投げ入れるなどの乱暴狼藉を働い
て、半ば神を脅迫するような行為に出たのである。先の日照りに比べれば洪水などは災害の内には入らなかった。

大雨で川が氾濫するのは当たり前であって、寧ろ肥えた養分を下流に齎す、神の恩恵であった。其の事は、毎年のよ
うに氾濫を繰り返すナイル流域で暮らすエジプトでも同様(恵みと感謝)でした。因みに雨乞の霊験で有名な所には京
は貴船神社があり、また奈良は室生の龍穴神社、そして紀州の丹生川上社が有ります。

そのほか、弘法大師が京都・神泉苑や河内の龍泉寺で雨乞いに成功した話も良く知られています。龍泉寺(0721-34-
3134)は、推古天皇の二(595)年、勅命によって蘇我馬子が今の富田林市に創建し、聖徳太子と共に仏法興隆に尽くし
た。弘法大師も此処に弘仁14(823)正月8日に立ち寄り、七日間の祈祷で大雨を降らせた。
        
現代人は科学的でなければ安心できないと言う、実に非科学的な迷信を持つ。此れは、効果があるかどうかより進化
論によって、しかも数値的に理解しようとする実に困った観念であり、実に非科学的なのです。天気などは自然現象で
すから、人が介入するには無我の境地で、自然と一体化しなければ中々分からない。

機械の一部や数字に頼り、其れに拘れば全体を見失うものです。所が気象庁は自然界には通じない数値主義を採り、
数字を追うため機械ばかり監視する事になり、自然界から益々離れてバーチャル空間で遊ぶだけとなる。よって巨費
を投じても混乱した予報となるか事後の解釈しか出来ず結局、お役に立たない例が多い。

雨乞いで役に立つのは機械よりも方位である。此れは筆者が数々の成功体験から明言できる。例えば8/6には円暦の
8/6の方位から雨神を迎えて、其のお供として逆方位に巡礼する事で効験が得られる。其れに対して航空機と薬剤に
よる人工降雨などは科学的に見えるが、実際の成功率から言えば雨乞いよりも遥かに迷信(非科学)的である。

雨師と雨使い・・・・・・雨師とは雨乞いの出来る人の事。また「雨使い」とは雨神との取次ぎをする媒体である。雨
は龍神が降らすが、人や自然界を代表して龍神との仲を取り持つのが例えばカエルである。だが現在、彼らは激減す
る傾向にある。以下を参照。−−−−『 進む種の絶滅 』−−−両生類の絶滅で、環境悪化の実態が浮き彫りに。

−−−国際自然保護連合(IUCN)などの専門家チームによる初の包括的な調査で、日本を含む世界各国の両生類の
1/3に当たる1856種が絶滅の危機にさらされていることが判明しました。調査結果では、1980年以降、少なくとも9種
が絶滅、113種は生息地が確認されなくなっており、絶滅した可能性が高いと伝えています。

日本では、アベサンショウウオ(京都府、福井県、兵庫県)やイシカワガエル(沖縄県)など20種に絶滅の恐れがあると
報告されています。調査で判明した絶滅を招く主な原因は、従来の過剰な開発による生息地の縮小に加え、感染症や
気候変動なども挙げられています。

両生類は皮膚の浸透性が高く、汚染物質の影響を受けやすいという特徴があります。環境悪化に敏感に反応する両
生類。深刻な環境破壊が世界規模で進んでいることを身をもって伝えています。【拓也's コメント】種の絶滅は、人類に
対する環境変化の警鐘でもあるのですが、環境破壊が進行しているようです。

最近では、生物の遺伝子資源としての重要性も認識されるようになっていますが、何とかしたいものです。以上、→
http://www.mag2.com/m/0000116377.htm ―――日本コパック(株) 【まぐまぐ!ニュース】

◆アンコール・トム・・・・・・・・カンボジアの大都城。9c頃からクメール族が築いた王都で、巨大な人面彫像で飾った幻
想的な建築物。だがタイ族の圧迫により1431年に放棄した遺跡。

◆アンコール・ワット・・・・・・・・カンボジアの大寺。12cの石造大寺院(遺跡)で、アンコール・トムの南に位置する。当初
はバラモン教のビシュヌ神の寺だったが、後に仏教寺院となった。回廊壁画の浮彫りはクメール美術の粋。17cに此
処を訪れた日本人が此処を祇園精舎と信じた。

アンサンブル・・・・・・・・フランス語で「合奏」。重唱。調和の取れた一揃いの服。
▲アンジェラス・・・・・・・・ラテン語。カトリック教会で朝昼夕三度、マリア様に感謝する祈り。及び其れを知らせる鐘。

アンデス文明・・・・・・月の世界の文明。別紙の「日知り事典」を参照。




イスラム教・・・・・中東は元々、月を祭る地域だったがムハンマドが出てギリシャの星の神のヤーウェの啓示を受け
て、此れを「最後の預言」とする一神教にした。日本は太陽を神として崇める地域だが、砂漠の太陽は彼らにとっては
悪魔である。

其の点で月は何時も静かに微笑む最高の神であり、暑さを冷やし、夜道を照らし、其の上に雨を齎してくれる存在で
す。だからイスラム教ほど慈悲と寛容さを持つ宗教は無い。其れは星ではなくて月の属性である。其の後イスラムは、
モンゴル帝国の時代に海の交易で活躍して栄え、西果と言う白磁をアフリカまで伝えた。

今は其のエネルギーが月の静けさを破る獰猛な星や裏切りに対する闘争心に向かっているが、其れは月の神の側面
である石油資源の確保をするための勢力図からである。

稲作・・・・・・・稲作り。多くは水田による米作。水の恩恵によって米を作るので月読みの暦で作物の成長を愛でて楽
しみながらすれば旨く行く。所が一粒が2000粒に増えると言う打算ですれば苦しみとなり、或いは西暦で数字を追って7
曜日で其の月の仕事をブツブツ切ってすれば失敗の連続となるもの。

陰陽相・・・・・・日月、天地、光陰、南北、父母、男女、など、二相の対比を言う。上記の「阿吽」を参照。

陰陽暦・・・・・・・日月の関係暦、即ち太陰太陽暦を言う(次項の「閏月」を参照)。この暦が古来、世界一広く使われ
て来たが、各地・各国により観測位置がズレる関係上、決して同一ではない。

日本の陰陽暦の場合は今も市販の「神宮暦」などがある。此れは天保暦を踏襲しているものの、天文データと暦日諸
元(雑節など)が狂って来た点を専門家も認め出した(05年の日本暦学会)。

陰暦・・・・・・・星の暦、即ち太陰暦の事で、上の陰陽暦ではない。純粋な太陰暦は360日単位で計算する。日本で
今、採用している太陽暦と称する恒星暦も此の傍系に類する。またイスラム暦などが純太陰暦であり、数値主義に厳
格なカレンダーである。

ただ日本で陰暦と言えば、此れではなくて実は前項の陰陽暦を指して言う場合があるので誤解と混同がある。

印度・・・・・・・世界第二の人口を抱え、170以上の多様な言語圏である。そしてその80%がヒンズー教徒であり、職業
はカースト制で分担して来た。ヒンズー教の思想は因果律と霊魂不滅(輪廻)であり、つまり「魂の清め」の思想から踏
襲されたヴァルナ(四姓)がある。

インド人は「今あるのは前世の報い」と認識し、カーストを是認しているのであるから、其れを他国が西洋史観で見て、
「其れが貧富の格差の大きな原因」とか、「差別」と決め付けるのは余計なお世話と言うものである。

陰遁・・・・・・・「星読み1」を参照。




卯月・・・・・・卯は本来、方位の真東を意味し、其れなら西暦では3月中の彼岸(春分)を意味する。所が卯月イコール
卯の花の咲く月、即ち旧暦の四月とするのが今の文学的情緒的日本の定説である。ただそう言う解釈をした歴史は浅
い。「卯の花」は山野に自生する空木(ウツギ)の白い花であり、確かに旧暦の4月(西暦の五月頃)に咲く。

よって卯月=旧暦4月=西暦の5月と言うのでは矛盾があるので卯の花の卯月とするのは疑問が有る(月名を参照)。

丑年・・・・・・・09年は丑年。でも家畜の牛ではない。干支を参照。

盂蘭盆会・・・・・ウラボンヱ。釈迦の弟子・目連はある時、亡き母が餓鬼道に落ちて苦しんでいる事を知り、釈迦に
母を救いたいと願った。釈迦は「7/15(旧暦)に多くの僧にお経を上げて貰いなさい。そして丁寧にお供養をしなさい」
と教えた。その結果、彼女は天上界に生まれ変わったと言われる(高野山・不動院の資料から)。

盂蘭盆会はシナに入り、旧暦の1/15日を上元、7/15日を中元、そして10/15日を下元として先祖を祭った。其
れを日本に採り入れたのが37斎明天皇三(657)年7/15でした。此れを西暦にすれば、例えば04/8/30日が旧暦の
7/15であり、七夕(旧暦7/7)の一週間後である「お盆」も参照)。

祇園祭も実は此れ。ですから月を祭る仏教行事であるお盆を西暦でしても正解とはならない。

占い社会・・・・・科学が進んでも科学に不信感を持つ人が多くなり、或は独りで決めるのが不安と言う人が多い月世
界では、他方に必ずシャーマン的とかオカルト的な人が多く、従って占いビジネスも常に繁盛する。大阪では石切神社
の門前に50件の占店があるが、また最近急に福島聖天街が俄か占いの商店街として活気が出た。

其の外、京都では近年、陰陽師縁りの晴明神社が人気上昇して街並みまで変わった。

ウル・・・・・・紀元前3000年頃から約1000年にわたって栄えた古代シュメールの都市国家。ジッグラトは同2100
年頃、「月の神」の神殿として建造され、1961年に修復された。約1キロ四方に及ぶ土塁遺構には、アブラハム一族
など、古代民族が住んだとされる集合住宅の跡も残っている。

ウルは、ユダヤ教の聖書(キリスト教では旧約聖書)の「創世記」に、アブラハム一族の居住地とある。彼は神(ヤーウ
ェ)との契約により、「諸国民の父」となっていた。其の後アブラハムは、神に従ってウルからカナン(現在のイスラエル・
パレスチナ)の地へ赴く。つまりユダヤ・キリスト・イスラムの神は元々月神だった。

閏月・・・・・・所謂「旧暦」の場合、うるう月は19年に7回入れる(19の意味については下記の「しとみ」を参照)。旧
暦の春は1〜3月、夏は4〜6月、秋は7〜9月、冬は10〜12月であるが、閏月をその何処に入れるか、で季節区分
が大きく変わる。例えば2001年には閏月が4月に入ったので、入梅が遅れ、夏が後半になってから猛暑となった。

4月が2回あったので、夏の期間が4ケ月となったからです。次に2004年は閏2月が入るので2月が2回で春が4ケ月に
なります。05年には8〜9月に旧暦の閏7月が入った。夏の閏月は18世紀までは平均で1世紀に10回程度でしたが、1
9世紀には14回、20世紀には24回、21世紀には19回となります。

地球の温暖化と夏に入る閏月数が連関するのかも知れない(サンケイ記事、2003/7/31、小林弦彦氏の解説から大半
を引用)。

▲え

▲え・・・・・ 

エト・・・・・12支の事である。此れはお釈迦さまが決めたとか、シナの皇帝が税金を払わない遊牧民族に対して、
「ネズミほどの種を撒けば半年で馬くらいの収穫が出来る」と云って定住させ、納税させるようにした話とも言われる。
だが其れに対して本書は異論を唱える。

エトは古来、時空を12方位に等分して観測した事による。このため天には12宮と12星座が設定され、其れに対応す
るように木星(ジュピター)が回座した。木星は全天360度の角度、及び1年360日の太陰暦に対して、12年で回帰
(座)する目立った惑星でした。

よって人為的に全天を12方位に区分した先の方位と整合したので、其の黄道帯に広がる星座に動物名を被せてエト
とし、或いは黄道(獣帯)12星座としたものである。従って木星は毎年1星座づつ進む事になり、よって歳星とも呼ばれ
た。此処からまた月の周期も1年12ヶ月、毎月30日として多少無理に合わせようとした。

更に月名と時刻も12等分のこのエトで刻んだ。さて、木星に対して土星はサターン(鎮星)と呼ばれたが、土星は30年
周期で回帰(座)する惑星であるため、先の木星が12年周期である事と掛け合わせると360を数える。このため此処で
先の360の日数と度数が整合する。

其の点と共に、古来四方・五行の理があり、其の五行とエトとを掛ければ60になる事から、暦法には60干支として使
った。或いは度量衡法にも60進法として使う事となった。但し上記のエトと、木星と土星は何れも太陰暦360の周期で
すから西暦の正月の元日にエトを入れ替える今の風習は間違いと分かる。

つまりエトは1年を360日とする星のカレンダーなら噛み合うが、1年を365日とする普通の暦法ではギヤの歯車の数
がミスマッチであり、また例えば人の性格判断で未年とか寅年と言うような観念も全く無意味(相性を参照)と言う事に
なる(ヒジリの「エト」を参照)。

円暦・・・・・・・・自分の周りを天が一年掛かりで丸く回って進んで行くとすれば、一日の角度が1/366となります。よ
って日数を数える方式として、古代の暦は全て円形であり、しかも其れは万年暦となっていた。ストーンサークルも其の
一つであり、また古墳から出土する銅鏡も同類と言える。

外にも円暦には色々有って、星曼荼羅、即ち今の星座盤も元はカレンダーでしたし、またメキシコのティォティワカン遺
跡の「太陽の石」と呼ばれる暦盤、或いはケルトの十字架も其の類例でしょう。

一昔前までの東南アジアのカレンダーの多くは円暦でしたし、神宮暦でも江戸時代から必ず方位盤式の八角円が吉凶
図として示され、或いは丸い茶碗に丸く暦を描いた物も現存しています。この様に昔は多くが円暦でした。だが、今は四
角四面の紙に数字を並べた代物でなければカレンダーではない、と殆どの人が誤解しています。

考古学者や歴史家も四角四面のカレンダーが日本の地面からから見つからない為、「其れまでの日本には暦法がな
かった」と胸を張っているのですから漫画です。そうした中で366円暦は世界で唯一の真の太陽暦として古代暦をより正
確に復元した序に、夜空の星月の様も併せて解説し、前掲のような「夜見の暦」として見ました。

▲お

▲大潮・・・・・・大潮と小潮とがある。何れも月と地球の引力による潮の満ち干が毎日繰り返される事。特に満月(日月
地が一直線になる旧暦の15日)の1〜2日後にその干満の差が一番大きいので大潮(上げ潮)となり、逆に旧暦の一
日頃(日月地が矢張り一直線になる新月)の1〜2日後に小潮となる。出産や死亡がこの時ピークに達する。

珊瑚やカニ(別項参照)も大潮に産卵する。また其れを狙って魚も活動するので、漁師たちは星の曜日に合わせて働く
のではなくて、此の月の大潮を待って漁に出て来た。

お盆・・・・・・・・お盆はお釈迦様の教えによるもの(「盂蘭盆会」を参照)であるから、仏式暦(旧暦)でするのが本当で
すが、日本では改暦によってマチマチになった。関東では西暦の7/15に行う。この日は、博多祇園山笠があり、16
日には送り火、17日は京都祇園祭となるが、その他の大部分の地方では1ヶ月ズラした西暦の8/15である。

何れにせよ、各地の寺院では其の一週間前から不断経を唱え、先祖の回向と三界万霊の供養の為に盂蘭盆会(別項
参照)の施餓鬼法会を行い、そのための受付けを始める。因みに盆と正月は同じような行事です。ただ時期が正反対
になる。冬に神式で満月を祝うのが1/15のお正月。逆に夏に仏式で満月を祝うのが7/15のお盆です。

つまり何れも月の行事なので、西暦でしては意味不明となる。 

▲陰陽環・・・・・・「インヨウ」を参照。本当はオンミョウと読む。陰陽は対立するものではなく、変位し循環する関係にあ
る。
陰陽相・・・・・・「インヨウ」を参照。本当はオンミョウと読む。
陰陽暦・・・・・・・「インヨウ」を参照。



ガイア・・・・大地の母神、大地母神の事で、ギリシャではガイア、ローマその他ではメドォーサと言う(日知りの同項を
参照)。

皆既月食・・・・太陽と地球と月とが一直線上に並ぶ事から見られる現象であり、日食と共に暦法の最も基準とする
ポイントである。所が今は西洋式天文学によって星を基準とする為、月は其れによって脇役とされている。だから太陰
太陽暦とは言っても正しい暦も満月もズレたままである。例えば07/8/28日には全国的に皆既月食が見られた。

月食は必ず満月に起こり、満月ならば15日としたのが旧暦でした。しかし今の旧暦(天保暦の流れ)で当日は7/16日と
した。星を基準として見れば、月齢が15.5日となるからだろう。でも1日もズレた暦法が正しい暦法と言えるかどうかで
す。月食がこうだから次の中秋の名月も嘘になった。07/9/25日を中秋の名月としたのです。

でも満月は旧暦では8/17日、西暦では9/27日でした。此処では2日もズレが出た。皆さんが見た名月は十五夜の月で
はなくて星から見た月齢14の幻の名月だったのです。しかし、天文関係者も一般人も何もこうした新旧暦のズレと誤魔
化しに異議を挟まない。

無知の故か無視。または放置したまま、数値化が自然科学と信じたり、近代化と進歩とかグローバル化を信じて今の
偽装文明を謳歌しているのです(次項の「改暦」を参照)。

改暦・・・・西洋では敵に武力で勝った後は、敵地の一切を破壊して来たが、東洋では精神性に重点を置いた。例え
ばシナでは改暦と言う手段で過去の文明を全否定して来た。よって改暦はこのシナの国の有史以来の常套手段であっ
て暦法の進歩とは無関係。

例えば2000年間に47の暦法を使って100回近く改暦を重ねて其の都度、新政権が前政権より正当性であると示し
た。日本の場合も飛鳥時代の推古天皇の10(602)年10月に百済僧・観勒が暦本を献じて以来1270年間、太陰太陽
暦を使ったと思われている(可能性がある)。

更に以後も「元嘉・儀鳳・具注・大衍・宣明(五紀)・貞享・宝暦・寛政・天保」と改暦したので、其れに明治の改暦を合わ
せれば10回ほど改暦した事になります。

幕末の慶応3年10/15(1867/11/10)、最後の将軍・徳川慶喜が前日に大政奉還を上奏したのが本日勅許となり、旧暦
24日には将軍職の辞職を請う事になった。此れによって明治維新となった後の、明治五年、其れまでの太陰太陽(天
保)暦の10/9日がカトリック式太陽暦の11/9日となった。

つまり突然、1ヶ月が宙に浮いて消えてしまったために庶民も大混乱となった。旧暦では1年354日を三回続け、次に
閏年の時は1年13ヶ月で398日になる。この方式を1200年間続けて来たのに、突然変わった訳です。

其の前に「1年が13ヶ月もあっては国庫が持たない」、と判断した大隈重信が財政難を救うために上申し、太政官布告
となった訳だが、此れにより旧暦・明治五(1872)年12/3日を西暦の明治6(1873)年1/1(元)日とする事で、政府
は歳末の12月の人件費をチャラにする事が出来たのだ。

同時に時法も従来の不定時法から機械的(不自然)な定時法に改められた。庶民は大混乱し、各地で反政府の暴動
が起きたり、既に翌年の暦本を印刷済みだった出版社も大打撃を受けた。不要となった暦が現在の金額にして約28
億円の損失となった。

その代わり、福沢諭吉の「改暦弁」が人気を博した(読売テレビ04/11/9の「今日は何の日」より一部引用)。それにして
もゼニカネ(打算)のために旧文化を否定する行為(改暦)が立派とか進歩と言えようか。恥ずべきことである(皆既
食を参照)。

所で現行の旧暦は「天保暦」を継承したものと言われる。此れが今、また天文・暦の専門家たちの中で問題となり、修
正または改暦に迫られている。今度の理由は、ゼニカネの問題ではなくて、置閏法が矛盾して来た為である。今は良
いとしても、平成45(2033)年から翌年に掛けて、想定外の状況が発生し、暦月が決定できなくなるからだと言う。

格式・・・・・御堂の基本は方丈、つまり十尺四方の建物であり、内部(内陣)の上は格天井(天井格子)、そして室内
は四畳半の広さとなりますので、畳を敷き詰めて方位と整合する様式の座敷になっていた。こうした一定の建築様式が
格式であり、その格式が茶室の原型にもなった。

そして四周には蔀(シトミ)格子を巡らしてその中心部に坊主が座し、毎日天体観測を続ける事によって暦と時報を決め
る場としていた(御堂、及び蔀を参照)。此れが格式の定理・定法・定式だった。

其の寸法(度量衡)については時代の変遷と京間や江戸間と言った地方色もあるので今の論理で寸法として一律に規
格化出来ないが、例えば滋賀県八日市市の御影堂では、外寸が3010mm四方に対して縦横950mm×1910mmの畳で
四畳半大の内陣を形作っている。

★かぐや・・・・・・・・月探査衛星。07/9月に打ち上げた。07/10月には中国が、08年にはインド、そして米国が打ち上げ
る予定。米国は1969年にアポロ11号宇宙船と言う有人衛星を打ち上げたが、今回は月面基地を予定している。

かぐや姫の素性・・・・・・・彼女の話は「竹取物語」や奈良の讃岐神社にあり、また古くは垂仁の皇族にもかぐや姫
の実名が有る。そのほか古代シナの夏王朝の頃の話として、有窮国の君が西王母から不老長寿の薬を手に入れた
が、夫人が其れを盗んで飲み、月に逃げて行って月の女神になったと言う話も有る。

所で、竹は夜に育ち、しなやかで女性的だから月の精なのであろう。月はまた女性の生理を支配する存在だ。しかも月
は三日月とか満月と言う風に目まぐるしく形を変えて人を幻惑するが、女性も服装や化粧で化けるから男にとっては何
れも謎めいた存在に見える。更に月は「月下」にいるオカメも「美人」に見せる力によって男をゾクゾクさせる。

其れに比べると太陽などは、カラカラ天気で美人の白い肌も黒くするし人の肌もカサカサにしてしまう。其れとは逆に月
には品があり、何となく知的であり、冷たいけれども月光の元なら何でも情緒的に美しく変える作用がある。だから竹か
ら生まれたかぐや姫も絶世の美人だったに違いない。

けれども、群がる男たちを皆ソデにして舞い上がったとすれば一面では悪女であり、また先の夫人が月の女神となった
とすれば、月は水臭くて自分勝手な存在かも知れない。因みに、先の夫人は月では女神ではなくヒキガエルになったと
も言われる(2003/10/29産経記事から一部引用)。

また今昔物語のかぐや姫には奈良時代の斎宮を出てから悲運の妃となった井上内親王のイメージが重なっているとす
る見解もある。隼人は伊勢の多氣郡で代々竹籠作りの司をして来た。彼女は其処から斎宮の巫女となり、伊勢を発つ
時には穢れた衣服を脱いで行った。其れを富士山の頂上で焼いたと言うのです。

数の論理社会・・・・・・・月世界はモノカネ社会ですから「数合わせ」と「数の論理」がモノを言う、「質より量」の打算的
な社会です。だが数字はハッキリしているようで実は曖昧です。数字は元々順番を決めたり年の差を比べるくらいの能
力しかない。

例えば夫婦から子供が生まれた場合、「1+1=2」ではなくて「3」とか「5」にもなるが、こうした自然界に幾らでもある当
然の事実も、数式では矛盾が出て全く説明できない。数学はゼロと言う定義でさえ明確に出来ない曖昧な概念なので
す。ですから無論、こうした人間だけの観念は自然界には一切通用しない。

所が古来、暗闇の星の物質文明社会では数合わせの「数の論理」や数字過信が強く、特に近年は何でも「数字で結果
を出せ」と言うような数値万能主義が強まり、其の上、デジタル化が「進化」であると錯覚して数字依存症に汚染してし
まった。此れは本来、多様で柔軟な月世界を不自然に硬直化させ、或いは歪ませる星の汚染(数毒)でしかない。

・・・・・・昔の川は水量が豊かで、川原や葦原が広がり、川には鮎が飛び跳ねて銀鱗を見せてくれたが、今の川は
申し訳程度の水量しかなく魚影は少ない。川岸は護岸工事で狭く改造され、其処に何時も居るのは水鳥や鷺ではなく
てショベルカーだ。

川にゴミを捨てるのは良くないが、此処はお金を捨てる場でもない筈です(2004/1/30 毎日新聞「中野雅夫」氏のご意
見から一部引用)。

干支・・・・・・・09年は丑年ですが、干支(えと)が最初に決められたのは何時の事ですか?hakubainokahoriさん 質問
日時: 2009/1/9 23:39:58 -----「ヤフー知恵袋」の質問に対する回答onia222さん----干支は60あります。干支はシナ
からの輸入と誤解されていますが、基本形は寧ろ古代日本で完成していました。其れが五行です。

此れは中心点と四方に木・火・土・金・水を配分した見方ですが、定点から太陽の動きを図示した見方でした。其れをき
のえ-きのと-ひのえ-ひのと-つちのえ-つちのと-かのえ-かのと-みずのえ-みずのと---と言いました。此れを10干とも
言います。其れに加えて12エトつまり12の星を絡ませて120の循環暦としたのが12支です。

因みに120日の干支は甲子(きのえね)からスタートして60日目の癸亥(みずのとい)でいったん終わってまた甲子から60日を
繰り返す。日も歳にも時刻にもこれを使いました。なので人も60歳で還暦と言います。また12の星とは天球12宮と12星
座を巡る歳星、つまり木星の周期が太陰暦で12年に一度同じ方位に回座するからです。

▲肝臓癌・・・・・・人が怒った時に「癇に障る」と言う風に、かんしゃく持ちは肝臓を傷める。癌などはその極みだ。所で
厚生労働省は「毎日のコーヒーが肝癌予防」と発表した(05/2/17毎日)。

其れによれば、コーヒーを飲む人の場合は飲まない人よりも肝癌になる危険性が約半分であり、また肝機能が低下す
るに比例してコーヒーを飲む量が減ると言う。ならば健保で喫茶店を表彰しては?

元日・・・・月の暦の元日、つまり旧暦の元日が新月の日でした。此れは普通、西暦で言う二月初の節分の頃になる
が、2004年は1/22となり、中国では年に最大の春節祭となる。因みに06年は1/29日、07年は2/18日になる。此れは
旧暦がいい加減だからではなくて西暦が数値的なるが故に天文無視となる為である。 

ガンダーラ・・・・今のパキスタン。仏教の影響後にギリシャのアレキサンダーによるヘレニズム文明を残した。

▲神無月・・・・・八百万の神々が出雲に出かけるため出雲では神在月、地方ではお留守となる月。因みに出雲は今の
島根県ではなく、古くは大和。また旧暦10月は西暦の11月頃、つまり此れは其の後の冬至頃に行なう、ニヒナメの祭り
の準備の為。

潅仏会(釈迦の生誕日)・・・・・・4/8仏生会。仏祖節。

官吏・・・・日族や星族の官吏では例えば明治の場合に国家が国民の「殖産興業」を図ったのに対して、月の国の政
府になると、デモクラシーと言って「広く会議を開く」事はするが肝心な事は「小田原評定」に終始し、官吏の中の「有能
者」は公務員であるよりも寧ろ「商売」人となる。

だから例えば「天下り」のために下部組織として公社・公団・第三セクターを作って、其処では自分たち一部の特権階級
の権益を守るために国民(納税者)を排除すると言う背任行為(逆さ事)を当然の如くに行う。

しかし人の褌で相撲をとるとしても、所詮「士族の商法」で殆ど失敗し、その赤字の尻拭いすら出来ず銀行に振り、最終
的には住民に尻拭いさせるのだから卑劣だ。汚れた月の都・大阪市の三セクの場合は何と963億円(2003年度)であ
る。或いは談合の旗振りである。このように月世界のお役人は腐敗と堕落の団子となる。

▲き

如月・・・・・きさらぎ=西暦の二月としているが、方位でも季節感でも今の三月くらいに当たる。

鬼子母神・・・・・カリテイモ、ギリシャの神だった。今の西洋医学の特に臓器移植の元祖である。
▲旧暦・・・・・「インヨウ暦」を参照。

▲く

▲く・・・・・
・・・・・・・・

▲クロワッサン・・・・・フランス語で三日月。三日月型のフランスパン。オーストリアでも同じ意味。
▲クーロン・・・・・電気量の単位(フランス語)。1アンペアの電流によって1秒間に流れる電気量の事。Cで表す。

・・・・・・・・
▲け
▲・・・・・

月齢・・・・・旧暦時代では、闇夜は新月であり、満月なら15日と言う風に、夜空を見れば其の形で月齢が分り、其れ
が月日と一致した。此処に天象による合意形成が図られていた。所が現在は月齢2.3などと表示する。此れは夜空で
はなく、星座の正午時刻を基準に見るからである。

朔、即ち新月から数えるのは同じですが、今は黄径による太陽と月の軌道が一致した瞬間を新月、即ち1日としてスタ
ートするために、その後一日24時間を経過する毎に月齢が一つ増えて行く。因みに月齢0.1は2.4時間、即ち単純
計算で2時間24分に相当する(2003/5/15サンケイ、小林弦彦氏の解説から一部引用した)。

▲こ

▲こ・・・・・

黄砂・・・・・・・・乾燥した大陸の砂漠や農地などから発生した乾燥土壌の韓半島や日本へ飛来物で、大気を汚染し
ている存在。旧来は春に飛来したが、今は年中飛来するのみならず、今は黄砂が、大陸から日本列島上空までを含め
た広域圏を覆っている。主成分は土であるが、今では光化学スモッグ、農薬やカビ、細菌の「箱舟」とも言われる。

此の報告は、金沢大学のグループが日中で気球観測した結果、麹菌と放線菌の仲間を検出したものだが、台湾や韓
国では黄砂が多い時に肺の病気などで患者や死者が増えると言う報告があり、日本でも鳥取大学などが喘息患者の
症状を悪化させると発表した。

黄砂に含まれる化学物質や微生物がアレルギー反応を誘発する(以上の大半は08/6/20朝日記事より引用)。
無論、人間のみならず建物の窓や洗濯物、そして車を汚している事実もハッキリしている。この為、自然浄化作用とし
て、風雨が多くなり、その直後に快晴を見る事がある。別紙の「天気実績」を参照。


▲告朔・・・・・・・・天子が新月を告げる事。及び諸侯が、前年末に天子より受けた暦と政令を廟(おたまや)に納め、毎
月の初めに羊を供えて其の月の暦と政令を国内に発布する事。此れを「告朔の儀」と言う。イスラム暦やユダヤ暦でも
今尚月の出を観測する儀式が継承されている。「カレンダー」の語源も此処からである。

五節供・・・・・・本来は五行の理による五方位に対する四季の祭りであったと思われるが、一般には月の暦の風習と
して旧暦の1/7の人日、3/3の上巳、5/5の端午の節句、7/7の七夕、9/9の重陽を言う。この場合は飛鳥時
代にに入ってきて大宝元701)年に成立の「令」にも記されている(「節句」を参照)。



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