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http://toki.mikosi.com                日知り  page045.html 


日読み(真の太陽暦)解説 2  

      日読み2


                           

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★
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1.「日読み1」は・・・・・・★「円暦」を載せているため、悪用防止のため2011/3/20日から「非公開」としました。★

2.日本人は太陽信仰なのか

日本民族は昔から「太陽信仰だ」と言われて来た。だが何をどうしたのか今では具体的に分からない。太陽を祭って
いる神社はないし、太陽が仮に天照大神だとしても、其の神社でハッキリと「太陽への感謝祭」と言うような祭りがなさ
れている訳でもない。更に最近では日の丸さえ何処も掲揚しなくなりました。此れでは何が太陽信仰なのでしょう。

とすれば、初詣とか、運動会や旅行の時にハレた場合にだけ太陽に感謝するのが太陽信仰なのでしょうか。こう言え
ば読者は「太陽暦を使っている」と胸を張るかも知れない。でも此れは別に述べる通り西暦、つまりキリスト教、即ち星
のカレンダーであって、太陽と接点を合わせただけの如何わしい暦法です。

だから今回、従来の太陽暦とは全く別の「真の太陽暦」を掲げた。この暦は万年暦の日回り暦です。此れは洋式カレ
ンダーのように数字を並べた四角の絵入り暦ではなくて天子の使う円暦となっています。

さて近年は各地でストーンサークルや岩倉、或いは古代遺跡の発見が相次ぎ、明るいニュースとなった。でも残念な
がら考古学や史学では其の意味を正しく解説する事が出来ずに謎の遺跡として残し、或いは破壊した。また例えば、
大和三山の配置が「ピタゴラスの三平方の定理で作られていた」と報道され、其れが大きな関心を呼んだ事も有った。

けれども譬え、此処が古代太陽観測の場であったとしても、果たして何の目的で其処まで多大な事業をする必要があ
ったのか、と言う事になると目的が見えなくなり、其れと共に人々の関心も薄らいで行った。謎めいた所は其れなりにロ
マンが有りますから、其処は箱物行政によって俄かに会館・資料館などが建てられて「村おこし」が図られる。

しかも其の遺跡には決まって歴史・文化などには無関心で無知なお役人が天下りして来るだけでした。この様に遺跡
や施設が増え続けても、当時の文化について本当の意味・目的を解説できる人がいない以上、直ぐに其処は閑古鳥
が鳴く所となり、コストを掛けただけで歴史の解明にも「村おこし」にも何にもならなかった例が多い。

ただ僅かに、趣味の同好会が出来る程度で初めのエネルギーも結局は線香花火に終わっていた。そうしないために
も、古墳や古代遺跡のみならず、寺社の存在意義を理解するノウハウとしても、この真の太陽暦を理解頂く必要があ
ると信じてこのほど公開した次第です。


「今日は何の日?」

縁日とか其の由来については別紙の「神々の歳時記」で多くの実証例を掲げて解説した。其れによって祭りと自分と
がどう繋がり、神々と暦日と方位がどう関係するのか、と言う点について読者はより深い関心を持つに違いない。本来
の暦とは今のカレンダーのような数式表ではなくて、天神と自分との関係式でした。

今のように世界標準の一律の暦時を数字で示す意味は元々全く無意味であり、不必要なのです。社会生活の中では
約束事を実行するためにカレンダーが必要と言うだろうが、其れなら天体の動きと連動している必要が有る。其の点で
今のようなカレンダーは矛盾が多く、天体によってカレンダーを再確認すれば混乱してしまう。

今の西暦は世間を惑わす代物なのです。ですから暦とは元来、数式にはせず、天体と自分との方式、つまり日々移動
する太陽の位置と自分との方位関係として見ていた。星は流れ、月も変わる。だが太陽の示す方位は何万年も不変で
した。こうした方式・法則性を普遍の原理と言う。

取り分け昔の日本人は一番大きなエネルギーを日々、太陽から得て暮らして来た。

地球には昔から驚天動地の変化が幾たびもあったし、人為的な改暦も繰り返されて来ました。ですが古今東西、毎年
の冬至と夏至の日の出の位置角度は不変でした。古の世界の人々は、日の出入りが毎日少しづつ位置をズラしてもま
た定常的に元に戻る事を知っていた。

人の世も時代と共に変化するけれども、太陽が冬至には必ず元の位置に戻るように、人の世も冬の寒さを越えればま
た一陽来復で永続する事を信じ、また人の生死も日の出と日没のように出入りするものと信じて来た。一番肝心な事
はこうした普遍の原理であり、変化する数字ではない。

グローバル化と言う名で飾った架空の観念に従う前に、日本人は一万年の自分の歴史と実績のある太陽と共に暮ら
すべきである。太陽の暦は個人の日々の現在地と、太陽との接点であり、この点を先人、特にヒジリは重視して来た。

ただ其の具体的な方法論が2000年来、天皇家や支配者に独占され、或いは秘伝・密教となって今では誰も知らず、
また無関心になっている訳です。

昔の日本人にとっては太陽が第一の指針であり、暮らしの道しるべであり、無上の平安と幸福のシンボルであり続け
た。そうした古来不変の日々の方位を基本とした南天主義の万年暦が不文律の「真の太陽暦」として機能していたが、
現代人は残念ながら太陽には無関心になり、寧ろ夜行性となり、数値主義に偏ってしまった。

数字を並べて毎年動き回る今様の星のカレンダーを太陽暦と信じ、「改暦による進歩した暦」と信じて疑わないが、此
れは人々を惑わす、ヨミのカトリックの北天主義によるニセ太陽暦に過ぎない。其れに対してこの円暦は、古代から
界で唯一の真の太陽暦です。

ですから、もし「今日は何の日 ?」と思うなら、次は自分と太陽との位置関係を見る必要があります。

天気、其れに地震や台風、或いは来客や災禍、そして人の冠婚葬祭や日常生活にとって、世界標準カレンダーなどは
殆ど役に立つ事はないが、例えば、「今日はどの方位から一番大きなエネルギーが来るのか」、と思った場合、その方
位を此れで予測し確認する事も出来るでしょう。

●円暦は単に数字を並べた恒星カレンダーとは本質的に別である。円暦は天空を区切って見る分度器であり、人に方
位の意味や時空を知る事を教え、天気を予測するなど実生活に役に立つ生きた暦である。なかんずく歴史的な諸記録
と遺跡とを時空で繋ぐ事で、日本史の謎を解き明かし、実証する効能が有ります。

●この暦は日本の神代に作られた哲理である甲乙などの干支、つまり五行の哲理の暦ですが、其れも既に忘れられ
たので此処に「円暦」として復活再現し、併せて「日知り事典」で古からの道理と哲理を解説した。

●円暦はまたの名を「鬼暦、真太陽暦、日こよみ、日知り暦、日回り暦、日見の暦、丸暦、万年暦、曼荼羅暦、和暦」
とも言う。複数の用語にする意味は、例えばインターネットで検索する場合、類似品や他の無関係な膨大な情報ばかり
が出て来て全く検索不能となりますから、キーワードを「丸暦」などと変える予定もあるためです。



○●◎  ◇◆□■   △▲▽ ▼☆★

●3.五十音別の解説 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

●ア

安倍の晴明・・・・・・・陰陽師。外に天文博士、左京権大夫などを歴任し、85歳まで現役として生きた。彼の出生は、
和泉市の信太の森の稲荷を母とする伝説や茨城に晴明稲荷があって謎に包まれているが、「尊卑分脈」によれば彼は
右大臣、安倍の御主人(みうし)の九代目の子孫と有る。また平将門の子孫とも言われる。

時の権力者・藤原道長とも親交があり、一条天皇にも信頼された。

(あゆみ)・・・・・・・・・文字の意味。歩みの中の、先ずは「止」は足跡の形から作った象形とされているが疑問です。
その理由は、「一」を上に載せて正しいと云う会意文字になるのだから。また「止」の右に「ヒ」を付けて「此」とする会意
文字にしているのだから。また「弐」の「二」の代わりに「止」を置いて「武」と云う会意文字になるのだから。

また「止」の下に「威」を置いて「歳」と云う会意形声文字にしているのだから。また「止」の上に「?」を載せて「歴」と云う
会意形声文字にしたのだから、・・・足跡の形から作った象形とは云えない。

では何だったかと云えば、卜、つまり占の字と、それを倒した鍋蓋(亠、トウ、ズ)を組み合わせて「止」とした天文観測文
字です。其の場では地上に柱を立てて日影を観測しました。其れをリアルに示した文字が「亠」です。ただ、日影は刻々
と移動するので、各地点で糸を張って目印とする竹串を立てました。

それを三方に張った形が「小」の字です。糸張り作業は、半円形の場を右から左に移動します。その時の歩みを「少」と
書いた。半円形の場を何度も行き来した場合は、「タ」(片仮名)または「夕」と云う象形、または「多」(会意)の字としたも
のと思われます。

因みに、「少」の字は、「小」に斜線を加えた会意形声文字とされていて、「少」からは、「劣る、省、雀」などの字が生ま
れています(以上は09/9/2日の「ヤフー知恵袋」での回答)。

●アラカ・・・・・・・暦法で云う「新たな一日」。其れを観測する場、つまり「見る事」をミアラカと云い、漢字では殿と書い
た。其処で確認した時間を「シバ」と云い、其処に降臨する神を荒(あら)神と言った。

●アラカミ(荒神)・・・・・・・上記の「アラカ」、つまり「新たな一日」を観測する神、または観測する行為が「アラカミ」(新
日見)であり、その場、つまり「日を見る事」をミアラカと云い、漢字では殿と書いた。其処で確認した時間を「シバ」として
数えた。

だが漢字では「新神」ではなくて「荒神」と書いたので荒々しい神と誤解され、もしくは仏教的な三宝荒神、即ち「竈神」と
したので今では意味不明となっている。

●・・・・・・・

●イ

●斎姫・・・・・・・いつき姫。古墳の傍らに「居ついて」、日を読み、故人の命日を観測した方、即ち弁天。其処から弁天
堂は今も古墳を囲む池の中の小島に祭られる。

●1年・・・・・・・・アカデミックな教育によって「日本は明治になってより進歩した西暦、即ち太陽暦を採用した」と教えら
れて来ました。其れは1年が365日であると。でもそんな事は日本では神代から分かっていた。別に西洋からカトリック
のグレゴリオ暦を教えて貰わなくとも良かったのです。

大分地方から観測して伝承されて来た古書に上記(うえつふみ)が有る。其れには天児屋根命が記した360日プラス閏数
日の暦法が詳しく書かれていた。敢えて申せば当時は寧ろ日本から和暦が西に広まり、バビロニアに伝播した可能性
が高い。肝心な事は一年が数字で何日であるかと言う数字ではない。

其れよりも元日が何時スタートして何時交替するのかと言う基準の採り方である(冬至を参照)。
因みに現在の1年の日数として、太陽年=365.24219日、恒星年=365.25636日、近点年=365.2596日を天文定数とし
ている(理科年表)。

●ウ

雨水・・・・・・・厳しい大寒が節分で終わり、翌日の立春が旧暦正月寅の月の正節ですから西暦では2/4頃で旧冬
と新春の境目になる。さて、立春の次の雨水は寅の月の中気で西暦の2/18〜19日頃。雨水が温む頃から雨水と言
う。そして二月卯の月の正節西暦3/6日頃には、冬篭りしていた虫が動き出す頃と言う意味で啓蟄と言う。

因みに中気(別項参照)・正節とは12方位に対する月の満ち欠けを節目としたもの。


●閏(ウルウ)・・・・・・・閏年は雨が多く、気候に潤いがある様にも考えられるが実は火事も多かった。無論、旧暦では
閏月があったからだが、今でも平年の11月は二の酉までで終わる。だが閏年は三の酉まである。三の酉まである年
火事が多かったと言う経験則でした。現行の太陽暦では閏月はなくて四年に一度の閏日が有る。

所が其れによって基準とすべき冬至や春分の日が21になったり22になったりする。基準点がズレるのでは暦として欠
陥品である。其れに2/29が誕生日の人や命日となる場合、其の時々のご都合で他の日に振り替える必要まで生じ
る。このため円暦では便宜上、基点とする冬至を12/22に固定している。

よって平年の場合、冬至の基点で1/4日、そして年間の月日では平均1%の誤差を生じる事になりますが、其の点、
ご了解下さい。

●・・・・・・・

●エ

・・・・・・・太陽の動き、即ち「変化」を意味する文字。こうした変化を読む意味から「易=占い」と解釈するけれども、
本来は占いではなく観測でした。観測では真昼間の日影の動きがケモノの足のように早いので其の様をこの字で示し
たもの。
従って太陽の陽、其れを観測する場の「場」の字として、また其の場には水が張られたので「湯」の字にもなっている。

エト・・・・・12支の事である。支とはエダであり、中天から分割した方位であってケモノとは無関係。此れは木星(ジュ
ピター)が全天360度の角度、及び1年360日の太陰暦に対して、12年で回帰(座)する目立った惑星だった事から、
人為的に全天を12方位に区分し、其の面に広がる星座に動物名を被せてエトとしたもの。

或いは天球12宮に対する黄道(獣帯)12星座としたものである。従って木星は毎年1星座づつ進む事になり、よって歳
星とも呼ばれた。此処からまた月の周期も1年12ヶ月、毎月30日として数える事とした。

さて、木星に対して土星をサターン(鎮星)と呼んだが、土星は30年周期で回帰(座)する惑星であるため、先の木星が
2年周期である事と掛け合わせると360を数える。此処で先の360の日数と度数が整合する。其の点と共に、古来五
行説があり五行とエトとを掛ければ60になる。

なので、暦法には循環する60干支として使い、或いは12〜24の時刻にも60に細分化して示し、そして度量衡法にも
60進法として使って来た。つまりエトは1年を360日とする星のカレンダーなら噛み合うが、1年を365日とするその他
の暦法とはミスマッチとなる。

例えば、正月の元日に戌年から亥年に自動的に交代すると言うような観念は全く無意味と言う事になる(「星読み」とヒ
ジリの「エト」を参照)。

円暦・・・・・・・・暦は古来、机上計算ではなくて広い庭や御堂と言う定点を中心とした方形枠の観測場によって作ら
れた。其れは天体の動きが円形であったからです。従って古代の暦は全て円形であり、しかも万年暦でした。ストーン
サークルも其の一つであり、また古墳から出土する銅鏡も同類でした。

外にも円暦には色々有って、星曼荼羅、即ち今の星座盤も元はカレンダーでしたし、またメキシコのティォティワカン遺
跡の「太陽の石」と呼ばれる暦盤、或いはケルトの十字架も其の類例でしょう。

また一昔前までの東南アジアのカレンダーの多くは円暦でしたし、シナで使う羅盤も円と方形の組み合わせで暦日・方
位から占った。或いは江戸時代の神宮暦は必ず方位盤式の円が吉凶図として示され、或いは丸く暦を描いた茶碗も
現存しています。この様に昔は多くが円暦でした。今も使われる数珠にしても円暦として使う事が可能です。

其の材質やデザインに色んな様式があるものの、共通点は何れも、分度器のような円形暦だった事です。だが、今は
四角四面の暦でなければカレンダーではない、と殆どの人が一神教的固定観念で誤解したまま見過ごしている。そうし
た中で366円暦は世界で唯一の真の太陽暦として古式和暦をより正確に復元したものです。

円暦と方暦-------天界は円形であり自然界も丸い。よって神の暦も円形である。其れに対して地界に生きる人界で
は方形を基本として来た。特に人間を管理するカレンダーは記号や数字を四角に並べて、曜日や数字で他人に約束さ
せて支配し管理するカレンダーとなる。

●オ

●王・・・・・・・陽と陰の王がある。本来の日王は日を祭って方位を定め、月王は月を祭って豊作を祈り、星王は闇の帝
王として戦い続ける。中でも日王は字の如く天人地を三本の横線で表し、其れに縦線を立てて天地を繋ぐ立場を示し
た文字である。天とは夜見の星ではなくて昼間の太陽である。なので黄道を捉えて方位と暦を正した。

其れに対して今の天文学は赤道主義、つまり天文学ではなくて地軸主義による緯度経度の学理であり、この為、専門
バカによる誤魔化しが続いている。実はいつの時代もそうであった。王とは其れをボーダーレスに見図り、天文---人
文---地理の整合性を正す一体化の関係式を作る日知りであり、王、即ち権力者ではなかったのです。

07年は各地で偽装が問題となり、漢字検定協会の漢字も「偽」と決まった。年金疑惑の中で、命の次に大事なお金も怪
しくなって来ました。神も仏もないような乱れた社会の中で信じられる物事は何もなくなったと言われる。だけど太陽の
運行は何万年も不変です。毎日東から出て西に沈む日周運動をして方位も日々微動している。

けれども同じパターンを何万年も、一部の狂いもなく繰り返している。狂い出したように見えるのは微動する星を基準に
太陽を見るからである。なので太陽だけは信じられる。そう信じて来たのが日本人でした。

●大風・・・・・・地球も台風(別項参照)も地震も生き物であり、生き物には生死の道筋があると見るべきであり、其のエ
ネルギーは渦の終始であり、其の筋目は円暦に従って発生・終息する。風には凡そ北風、東風、南風、西風がある
が、其れは四季によって向きが決まる。

冬は北風、春は東風、夏は南風、秋は西から吹く風となるのです(五風十雨を参照)。また朝は東から、夕方は西か
ら、海がある場合は昼は陸から、夜は海風となる。また落雷(雷を参照)の場合はプラス極とマイナス極との交尾を「稲
つるび」と言うように、地震(地揺るぎ)の場合も陰陽両極が絡まって発生・終息する。

温暖化・・・・・・・地球温暖化は事実である。しかし「CO2犯人説」が定説化しているが、此れは環境ファッショと増税
推進派と原発推進派が煽動している仮説であって眉唾モノである。地球は太陽系と共に、銀河を巡っている。その太陽
系の軌道が、銀河の夏の位置に向かっているからである。

従ってヒマラヤの氷河も年々減少し、融けて湖となっている事実。これが何れは溢れて洪水となり、その後、逆にメコン
川、インダス川、長江の水量が氷河の減少に伴って流量の減少となって農業の危機となると心配されている。

それに対して人類が今の物質文明、特に享楽的浪費文明を反省して改める事は必要であるものの、太陽の影響が巨
大であるために、人類の努力では如何ともし難い面があるので温暖化は止められないと覚悟すべきである(下記の「気
温」を参照)。

陰陽道・・・・・・・陰と陽の二気の消長と、五行の生成を見るものであり、五行とは四方に配分した五つの要素(木火
土金水)の要素の関係を見るものでした。つまり方形で見るものでした。所が五要素をもって五角形に変えて、相生と
相克と言う関係を持っていると見たのがシナの陰陽・五行説である。

此れは確かにシナから渡来した占いである。しかしシナには道教は有っても「陰陽道」の用語はない。つまり、陰陽道
は日本で独自に発達したものである(星読みの九星を参照)。

●陰陽寮・・・・・・・天武朝に設置された中務省の一部局であり、数人の陰陽師が置かれた。云わば地相や占筮などを
する、天皇直属の諮問機関だったが、其れは奈良時代までで、平安時代になると祓え、祈祷、祭儀、呪術なども担うよ
うになる。

●カ
●カ・・・・・・・日のこと。

改暦・・・・・日本は古来、太陽を物事の判断基準にして安楽に暮らして来ました。所が稲作文明と共に月の暦を使
い、シナの律令制を採り入れた。のみならず明治には欧米文明を採り入れる為にカトリック教の西暦を採用したのです
から堪らない。此れは星を基準とする暦法ですから、狭い日本には併せて三つもの基準(物指し)が出来た事になる。

国民は「改暦=進歩」であると其の都度刷り込まれて来たが、改暦は政治的に前文化を破壊する事であり、其の上、
歴史と社会の混乱を生む愚かな政策であり、国民にとっては不幸な事です。明治の改暦では国民が大いに混乱し迷惑
でした。その結果、今も日本国内では宗教もバラバラ、盆正月でも三回づつするようになった(「月読み」も参照)。

暦は天体との整合性が不可欠であり、それがあって人々の合意形成が出来た。此の世で不変の存在は太陽であり、
それ以外は使えない。よって古来太陽が方位を示す基準でした。此の太陽の基準とした方位は万年不変ですが、月や
星を基準にすれば変化が多くて始末に負えない。

月の暦は天保暦として民間で今も使っているが、変化が大きいので昔から何度も改暦が繰り返された。其れに比べて
今のグレゴリオ暦が太陽暦だから素晴らしいと日本人は思っているが、その様に誤解しているのは日本人だけであっ
て、実は恒星暦である。

恒星を基準に太陽を区切って例えば1年と言う場合も365日以下、小数点で表示するため無理がある。更に言えば現
実に、7曜単位で日が出たり月が出たりしているかどうか。其の明確な矛盾を無視して西洋では数字と言う人類にだけ
しか通用しない数字式七曜観念を約束事として世界に広めた。

此れはもう科学的でも天文学的でもなくて政治的・宗教的な行為や取引による代物です。ローカルのユダヤ・キリスト村
の約束事を我国が言わば妥協の産物として採りいれたものである。何れも度々修正し続ける宿命を負う。そうなるとど
うなるか。

閏日、閏秒などを作って修正や改暦に迫られて、歴史を不明にしますので、西暦は既に前文化・他文化破壊をした。無
論今後も其れは続く。以上から見ただけでもグレゴリオ暦は欠陥品であり、即刻廃止すべきです。だが一部キリスト教
圏で支持され、それを約束事として押し付け、コンピューターによるグローバル支配化を押し進めている。

なので今の短期間だけは生きながらえるのでしょう。

●鏡・・・・・・・古墳から出土する銅鏡は単なるミラーではなくて夜空を観測する星座盤であり、方位盤でした。しかも昼
間は暦盤であり、測量器と水準器・垂直器を兼ねていた。このように一物多機能の優れ物のため神器(事典の「鏡」を
参照)と言われたのです。だが其の鏡の争奪と破砕、つまり暦法の争奪史が日本の王統史でした。

●キ
・・・・・・・天気、寒気、人気、勘気、邪気、など気にも色々あるが、本来はキツオサネ(東西中南北)のキは五方の
中の東、東は木を意味し、木は緑風を齎す(「木」、「中気」を参照)。

●気温・・・・・・・日本人は彼岸の頃の気温15度くらいが一番過ごし易いと言う。けれども人には暑さと寒さが必要です
から四季によって別々の気温が設定されています。寒暑の別が激しいほど果物や作物も膨らみます。

さて気象庁は例えば平成15年夏について、六月の三ヶ月予報では、「この夏は平年より気温が高く、猛暑」と予報し
て、それが裏目に出て冷夏となったため、苦情が殺到したので連日修正を続けたと言う。

また平成17年秋の三ヶ月予報でも「暖冬」を予報したが、結果は年末から「厳寒・豪雪」となって1/10現在、日本海
沿岸部では72人が死亡し1000戸が倒壊した。天気、大気、気温・・・・のどれ一つとして電算機の計算や科学の論理
では動かず、人の都合でも動きません。

また07-08年は太陽の黒点数が減少して冷夏となった。これは11年周期で繰り返す。従って異常ではなくて正常な営み
である。異常なのは冷夏の中でもそれを無視して無神経にTVでもインターネットでも毎日「地球温暖化」こそが今一番
の正義であるかの如く大斉唱し続ける人たちである。

寒さから事実上、石油も野菜も値上がりしている目の前の事実を無視しし、白を黒と言い、事実に反する誤解と誤報を
宣伝するのは異常な感覚による情報操作と何かのための煽動撹乱工作であるから惑わされてはならない(上記の「温
暖化」を参照)。

・・・・・・・真北、正北、GPS北、図北、磁北・・・・・など、日本には各種の北が有る。でも基準が多い事が良い事な
のかと言えば寧ろ弊害である。特に其れを正確に示す事も解説する事も不能であるなら曖昧となり混乱を生むからで
す。では手短に解説する。

真北とは太陽黄道の中心点から影が伸びる方位であり、日本の場合は子午線よりも約11°東になる。其れに対して
「子」の方位とか正北とは赤道の中心、つまり地軸を中心とした子午線であり、地図では方位地図で示される(「子」を参
照)。

其の点、国土地理院の緯度経度の入った地図は此れに近いものであるが、地球規模で見る場合は地球儀で確認しな
ければ大きく狂う。GPS北は前者に近いものであり、星座主義による北である。そして図北とは方眼北とも言い、地図
の北の事である。ただ前記の国土地理院の図法は、メルカトル図法のため、面積でも方位でもズレる。

しかも市販の地図は殆ど緯度経度さえ入っていないので、この点、方位を確認するには不適当である。最後に「磁北」
である。此れは地球の磁場によって日本では偏角が数度以上ある外、近くに鉄製品や建物があれば、磁針が其れを
指してしまうし、太陽フレアで磁気が狂うので、方位の指針としては玩具でしかない。

休日・祝祭日・・・・・・戦後の日本人は、祝祭休日は休養を採る日であり、其れは即ちバカンスとレジャーに勤しむ
日、と勘違いして来たが、言うまでもなく、この日は神を祭る日と言うのが古今東西の常識です。例えば、キリスト教圏
でさえ休日は教会に行くために、決して仕事をしないのが鉄則である。

所が、日本では休日と祝祭日が前述のように勘違いされ、またお上による祝祭休日の粗製乱造・乱発が続いた結果、
今では巷間では「また連休か」、と嘆く人も多い有様となった。

此れは、「日本人の働き過ぎ」に対するILOの「就労の機会均等」を狙った外圧、そして其れに悪乗りした人々の権利意
識の高まりに従ったお上の政治的配慮、つまりお上が「民主化」を標榜する手前、サービス精神を示したものかも知れ
ない。

だが其の結果として、官公庁や学校、銀行などが仕事を休む日が多くなっただけで大多数の国民にとっては迷惑この
上ない愚政の一つとなっている。例えば年末年始とゴールデンウィークは各地で大混雑する。銀行やお役所の窓口は
其の前後にラッシュです。高速道路は延々と何10kmも渋滞が続く。

観光地は一変に多忙となるが、其の分ウィークデーには閑古鳥しかいないので休日だけ臨時増員で対応する。それで
は観光客も満足できず観光地もジリ貧となる。誰もが無意味なこの七曜日式カレンダーで動いたり休むために農業も
日本文化も破壊された。

●ク

★グレゴリオ暦・・・・・太陽暦ではなくてカトリック式の星のカレンダーである。下記の「新暦」、及び「星の太陰暦」を参
照。

●ケ

契約・・・・・・・・人と人との約束事。期日や権利義務関係を取り決めた物。但し契約するなら普通の人よりも神とす
るのが最高です。其のほうが絶対安全確実であるとは思うが、中々神は人と契約してくれません。所がモーゼは運よく
神と契約した。其れを疑う人もあるが、少なくともユダヤ民族は以来、「神と契約した選民である」と信じて来た。

具体的にはモーゼの十戒(星ヨミの項を参照)を守って暮らしていれば安心でした。所がやがて聖書が出来て、其の神
が星の神(ギリシャのローカル神)にすり替わった。星の神は戦いを求める。従って聖書を信じきって暮らしても戦乱の
時代となり、ユダヤの民は各地に放浪する事となった。

其れに対して日本人は太陽と契約していた。此の世を動かしているのはお日様だからです。だがお日様は人と直接契
約しない。其処で神武天皇の場合は「太陽の使い」であるヤタガラスに従って倭入りを果たした。やがて神武もヤタガラ
スも他界してしまったので、熊野ではヤタガラスを絵に描いて牛王宝印(別項参照)として、其の紙に起請文を書いた。

こうすれば人と人との契約でも裏書に神のシルシが有るので安心出来た。もし其れを守らなければ神罰が下ると心配
して約束の履行となったのです。ただ神武やカラスと呼んでも彼らは応じない。漢字で書いたって通じない。本当はサヌ
ノミコトとかイワレヒコ、或はタケツヌミと言ったからだ。或は漢字ではなくホツマ文字で書かないと通じない。

其れでも熊野ではヤタガラス信仰が続いていたので、此の宝印用紙は何処でも売れて江戸時代までは盛んに契約書
として使われた。所が其の前提とする暦法がすり替わった。此の世を支配するお日様を既に忘れた為にお日様の力は
日本でもとうに及ばなくなっていたが、特に明治には改暦してしまった。

お日様の金の暦もシナの銀の暦もかなぐり捨てて富国強兵の為に鉄の暦を採りいれた。星のカトリック式カレンダーに
なったのです(改暦の弊害を参照)。よって江戸時代から今まで約束手形とか銀行券と言う紙幣(別項参照)の時代に
なった。ただ此れは神様が太鼓判を押してくれた物ではない。暦法が星の暦ですから期日も怪しくなります。

インフレやデフレやバブルも起こしますので大量に蓄えても安心ではない。第一神様の目玉も王様の絵も書いてない
紙切れですから、折角の契約も何れは空証文か、ただの記念品となるのが宿命です。


●気

●コ   

黄道28宿・・・・・・太陽が宿る軌道上の宿であり、地球から見て四方に7宿で28ヶ宿になる。此れは月の巡りの略
一ヶ月にも近い。星座には古来この28宿があり、また葛城山系には天の其れに1/4の縮図で対応した28宿・経塚が
今も残されている。

甲乙-------甲乙の甲は田に|(縦棒)で表した文字である。此れは田の中に見柱を立てた時に、南に来た太陽の
日影が真北に伸びた事を意味している。つまり真南と正午を意味した。其れを和言葉では「きのえ」と読んだ。「木の
上」にお日様が来る事を意味した。他に「木の兄」をも意味した。

次に乙は「きのと」である。此れは「木の弟」も意味した。本当は「木の下」にお日様を映す位置関係を意味した。甲は
主柱(座)、乙は其れに従属する関係、または兄弟関係とか順番を意味するので、乞う、乙女、甲類とか乙類とかにも
使われるようになった。

五行・・・・・・南北線を軸として平面上を四方に分け、其の中心を定点とすればキツオサネ(東西中南北)の五方が
決まるので、その場を太陽観測の場とした。其の場で観測される太陽の位置を上下と四方に区分して十干とし、季節
の移り変わりを四季とし、その他の変化を五行とした(図説を参照)。

即ち五行とは、太陽の位置関係であり、また其れを万物の生成とも結び付けて見ようとした多重円環と方形盤との関
係式でした。中でも狭義の五行は五つの要素(木火土金水)の関係式から説明する。ただ、シナの五行説は、五要素
が相生と相克と言う関係を持つとして占いに使った。此れはしかし方形ではなくて五角形に変形してしまった。

五行の理論は日本の原理でした。しかし変形五角形の五行説はシナで作られた。よって今では五行説がシナから渡来
したものと日本人が誤解している。因みに、干支や五輪塔も日本の五行の理から出たものである(「十干」を参照)。

牛頭天王・・・・・・一般にスサノオノミコトの事とされているが、其れを確認するのは難しい。其処で字面から解釈す
れば御柱に至る。即ち、天の王、つまり太陽神を頭に頂く午柱・御柱であり、其の午の古字は牛と似ていた事から今で
は意味不明になって来たものと推定出来ます。だが午前・正午・午後と言う用語で午の意味が残されている。

馬頭観音もまた馬を祭った所と理解されているが、古くは柱を立てて午印とした場であったし、馬場と言う場も競馬場で
はなくて、柱を立てて神を祭った所でした(別項の「牛頭天王」を参照)。

子易・子安・・・・・・各地に子安観音や子安地蔵があって、従来から「安産祈願」の信仰があるが、正確にはこの場
合の「安は易」であり、「易」は太陽の動きを意味した。つまり馬場と言う日祭りの場で御柱を立て、其れを午、即ち真南
にすれば、その対極が北であり、其処に天子・御子・巫女が居ついて御柱の作る日影の動きを観測した。

つまり子安や馬頭は変化が激しい日影を方位から追って受胎や出産の日取りを数え、暦を読んで安産を祈った場でし
た(「御柱」、「馬頭観音」を参照)。

(こよみ)・・・・・・・コヨミとは宇宙の法則です。普遍の法則です。其れに対してグレゴリオなどが作った人為的な
ものはコヨミではなくてカトリック式の暦法の一つに過ぎない。従って西暦は法則とは違って一つの仮説か便法に過ぎな
い。その他の諸暦法も繰り返し改暦されたものですから、不変の法則ではない。

普遍の存在は方位であり、取り分け太陽の示す方位は万年一定で不変です。周期的に変化するものの、また元の位
置に戻る訳です。其れを確認するのが暦法で有り、具体的には座標盤の上を波のように巡る天体を定点から観測する
ものです。

所が今の日本で暦と言えば西暦のカレンダー(別項参照)と思われていて方位とは無関係だと定義されてしまう。或い
は暦法と言えば閏の採り方の違いを数字で云々するが何れも根本的な誤解である。暦の前提は第一に天文であり、
暦も天文も其の前提は方位である。暦の第一は方位であって、数字は有ってもなくても良いのです。

其の数字だけを弄くって今のカオスにしています。或いは七曜主義です。曜日などは暦ではないのですが、コヨミは曜
日であると思っていて、他人にまで「来週の土曜日にしよう」等と曜日を押し付ける。また他方ではエトなどは迷信であ
ると思っている。しかしエト(別項参照)・干支は10干12支と言う実に古くからの暦である訳です。

次に、コヨミには「ヒヨミ、月読み、星ヨミ」の別があり、此れらを纏めて「コヨミ」と言った(西埜説)。この内、月ヨミと星ヨミ
の「読み」とは夜間に星月を観測して暦を作ったので、そうした大陸の諸国を「夜見」と呼び、漢字では「黄泉」と書いた
ために「黄泉の国」と「あの世」とを混同・誤解して何れも意味不明としている。

ともあれ古の日暦は方位暦であり、決して今のような数表ではなかった。暦とは先に述べた通り、「天地の関係式」であ
り、天体との整合性がなければ誰にも支持されず周知徹底出来ない。数字ではなくて方位で確認するものでした。例え
電界と磁界とは2つの界がリンクして電磁波として存在するように単体では存在出来ないのです。

暦もまた天地が一体のものでなければ意味がない。如何に数字的に正確を期して、仮に小数点1万桁までデジタル表
記して見た所で余り意味はないのです。其れよりも時空を分割し、再確認するために方位と連動させて来ました。定盤
である方位盤に対して、太陽の光やエネルギーは日々移動するものです。

其れに対して月や磁気のエネルギーは移動して偏って行きます。但し磁北の場合は例えば大阪では子午線から6.
4°になるので、此の円暦の場合は大阪を基点として12/16に固定している。其れに対して太陽のエネルギーは原
則として366方の方位盤を日々一目盛りづつ移動して行く(季節により日の出入り位置が周期的に変化する)。

此れが真の日読みの刻み・コヨミです。日本では、四季によって異なる太陽の位置を杉紋や御幣の形で立体的に示
し、或いは平面上で方位を示す円暦としてストーンサークル、或いは神鏡に、或いは各種の紋様として示していた外、
江戸時代までは茶碗の周りに描いた例もある。

こうした太陽の円暦は具体的には寺社の位置づけで印され、或いは其処を通る行事として、寺社の「祭事記」で縁日や
御幸として行われたが、それに対して月読みの暦は「農事暦」として、作物の周期に応じて利用された。また星読みの
暦は数字式の言わば「軍事暦・海族暦」でした。

其の点、現代日本で採用しているカレンダーは、方形の紙面に数字を並べた遊牧民のカトリックの行事カレンダー(夜
見の移動祝日暦)であり、「軍事暦」そのものである訳です。

●サ  
●・・・・・・・
●・・・・・・・

歳差運動・・・・・・・・地軸の首振り現象の事。此れは赤道を軸に見るから発生する問題であって、古代日本やシナの
ように方位主義に徹して、黄道を軸にして見ていれば何万年経っても日の出入り方位は定期的に変化するものの一定
であるから発生しない問題である。「星読み3」の「歳差運動」を参照。

今の西暦は太陽暦とは言っても、此の赤道中心主義のために例えば南中時刻(別項参照)に地域差が出る。

斎宮・・・・・・・古墳の傍らの宮の事。イツキノ宮。其処に「居ついて」故人の命日を観測した方を斎姫、または弁天と
言った。伊勢にはかつて広大な斎宮が有ったが、其の遺跡が残されており、京都にも賀茂の斎院があった。

祭日・・・・・・・祭日の由来は神霊の誕生日や故人の命日であり、もし改暦があった場合は、元の日を確認できるよ
うにリセット(置き直し)出来なければ無意味です。所が明治政府の行政指導で新旧暦を一ヶ月ズラし、或いは方位を確
認せずに数字だけスライドさせた。このため寺社の配置と縁日・歳時記との関係がバラバラになり不明となった。

更に現代では人間側の都合で神仏の縁日を勝手に変更する無礼が目立つ。特に、日曜日に諸行事を集中させるのは
祭日の根拠を失わせ、神仏との接点を奪う事になり、形式だけで中身のない祭りにして人々の心を白けさせるなど、問
題ばかりを残します。

其の上さらに主神のない、偽の祝祭日や集客銭集めのイベントを行政や商店街が乱発するので周囲にも未来にも迷
惑を及ぼす文化破壊の弊害となっている。






●シ・・・・・・・

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円暦がない場合は、冬至を基準に366/360の比率で現行月日を366方位に換算する事も可能です。或いは、固有の
月日について、別紙 の「月の暦」や「星の暦」から「一連bO01〜366」をご照合下さい。

そうすれば例えば冬至(12/22)はbO00、或いは夏至なら6/22=bP83と判明します。其れに360/366を掛
けますと冬至は0°、夏至は180°と算出できます。同様にして例えば2/6の角度を求める場合は、046×360/3
66=約45°25と算出出来ます。

このように月日を366方位に換算して真北からの角度を算定する事も可能ですが、本紙の「真の太陽暦」として図示し
ていますのでご参照下さい。尚、この暦の実物を希望される方は、「メールフォーム」または掲示板からご連絡下さい。

尚、参考文献は巻末 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 


次は 
日読み3
日読み3

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