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              日知り    開封


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・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ●○◎□◇■◆△▽▲▼☆★

8.古の暦盤

●「聖の祭り」・・・・・本来の暦とは数字カレンダーではなくて方位の印でした。例えば家の中心点から八方の景色と重
ねて道や石を配置して各地点に印したものがコヨミでした。また南向きに家を建てれば四季の移ろいが方位・暦日で分
かる(アズマヤを参照)。或いは複数の神々や天皇の縁日を暦・方位のラインに伏せたのが宮と寺でした。

無論、古墳も暦盤になっていた。高台で観測するために墳丘を築いたのです。更に宮と寺とを繋ぎ、方位で暦盤とし
た。其のラインの交差する箇所が近畿各地には鏤められていた。此処は何れも霊界から神仏が方位を軸に降臨して、
伸縮可能な精神的な存在として働ける場とするために古人たちが設定していた所です。

そうした蜘蛛の巣のようなラインの中に町や村が日本国内には散在した。こうして先人たちの神仏祖霊に守られて日
本文化を継続したのが日本人たちでした。つまり其の町や村で本来の聖の祭りを人々が継続する限りにおいて、日本
人は神霊の深い愛の懐に抱かれていた。

其の範囲で祭りをしている限りに於いて、武力や邪霊から加護され、安眠出来るシステムが仕組まれれていました。と
は言っても読者には中々信じられないでしょうが、此れが佛教語で言う法界・結界・道理・法理であり、其れも元はと言
えば仏陀の教えではなく神風が吹く日本の方式(原理)でした。

●古墳と寺・社との一連のメモリアルは動かぬ証拠で黙示した暦盤だった。地図の上から見てもお分かりの通り、古墳
の前後には寺や神社が散在し、有るものは一列に並んでいる。しかも調べて行けば逐一明確になる通り、関係の深い
所が一つの方位で繋がって来るのです。

その意味については「神々の歳時記」で一々明かして見たが、こうした一連の遺跡は特定の方の縁日を明示したライン
であり、一定の方位(暦法)と個別の方位を明示する一連の場でした。古墳に連なる一連の遺跡が其の祭神の縁日
(命日)を黙示したメモリアルや暦盤として、動かぬ証拠で残されていたのです。此れは「論より証拠」である。

日本には此の祭式が確立されていたため、雑多な西洋式の知識がなくても祭りに従っていれば大方の人達が無難で
幸福に暮らせるような仕組みになっていた。其れが日本の祭りであり、其の祭りに参加すれば道理が分かり、幸福も実
感できるように設定され守られて来た。遺跡や祭りは天地一体の完結した合理的なシステムでした。

ですから無論、この点を認識できた人は、もし悩みがあっても迷いから覚めてきっと救われ、また他人を救う事も出来
る有能者に変わるでしょう。

以上述べて来た通り、日本には世界一の暦と其れに従う素晴らしい祭りや歳時記が有った。所が何でも分かった振り
をして渡来史観で誤解の常識を押し付ける分からず屋が多いために、日本の祭りは今バラバラに解体された。

其の上、「祭日はレジャーでありバカンスだ」と心得違いをして、折角守られて来た暦日を日曜日に変更する所が目白
押しとなった。方位によって折角古人が道を作ってくれていたにも拘わらず、其れを示した例祭日を今では毎年アッチ
コッチと動かすようにした。此れでは喩え銭集めをしても神様が出られない。

だから祭りにも心がなくなり、娯楽や形式だけとなって解体寸前になってしまうのです。


9.方位     

●暦と方位とは電界と磁界のように一体不離の関係にある。だが今の数字式カレンダーでは其れがなくなる。昔は時
空もまた数字や星や月ではなく、方位を決めるお日様によって知った。特に日本では太陽を親とも思って親しんで来た
し、其のお日様と共に行動した。ですから古来、人は昼に行動し、夜は出歩かなかった。

日本人が太陽信仰だったと言われるのは単に観念的な事ではなくて現実の暮らしや祭り事に生きていたのです。太陽
は地球に遍満する。また太陽が出入りする方位も古来不変である。此処から太陽こそ普遍の法則と言える存在であ
り、従って人類の中では特に日本人が永い歴史を太陽と共に歩んで来ました。

其処から正しい規範とし道理と宗教を以って平和と伝統を維持して来ました。夜に働くのは南蛮人か泥棒か獣たちだけ
である。だから日本人は夜に出歩いてはならなかった。所が黒船以来、日本人は砲艦外交による欧米(夜見の国)の
星の物質文明に腰を抜かした。

夜見の国とは神と人との日本とは違って獣と人との共存社会であるが、特に戦後の日本人は毎日何の変哲もなく照り
つける太陽よりも、夜見の国のケモノのバタ臭さに幻惑された上に、蛍火のような闇夜のケモノの神の星明りを有り難
がってすっかり暗いカオス社会にしてしまった。

特に昭和元禄と言われた高度成長期から平成バブルの崩壊を迎えて、何が真実で何が目的だったのかさえ分からな
い意気地のない時代にしました。歌謡曲でも「歌は世に連れ、世は歌に連れ」と言う通り、歌の世界も様変わりしまし
た。単なる騒音を音楽として楽しむ歪んだ社会にしました。

変幻する月による豊饒の平安京とか江戸元禄の月の時代から今は蛍火のような星の輝く弱肉強食の世相にしました。
何れも太陽とは程遠い世界である。天上の太陽の運行は不変であるのに、其の普遍性に気づかない所は夜見の天下
の時代となります。

折角太陽が輝いていても、人は其の光から身を隠すように夜中を好む夜行性のコンビニ社会としたため暗く騒然として
不安になった。人々の心には道理もなく目は空ろで犯罪増大の社会にした。原爆を造った原子物理学などがハイテク
と見られているが、ウランなどはエネルギーの塊ではなくて屑であり死に体である。

コンピューターのある暮らしなども暗闇のシンボルであるが、其れに気づかず此処まで誤解したのは科学の進歩発展
ではなくて、道理も真理も不明とする暗い夜見の時代のなす極く当然の特徴的錯誤である。

●今の日本人は明確な基準であり尺度である太陽を見ながら、其れを殊更無視して他のどうでも良い夜見の国の月
明りや蛍火のような星の神の学識を色々勉強して異教の学識を積み上げ、其れをテストで差別したり学歴として尊重し
てしまった。誰もが渡来の不毛の学問を積み上げて自尊して傲慢になった。

しかしこれらが殆ど役立たなかった事は、明治以後の日本を見れば判然と分かろう。我々は一体何をしたのか、そして
これから何処に行こうとしているのか。夜見の国の学識は大陸などでは役立つものの、太陽の輝く日本では戦争や経
済以外は役に立たない。現実の物事に対して的確な判断をする事も出来ず、従ってカオスにする。

誰もが高学歴を持っていても、的確な判断が出来ないようになったために今の半人前の日本になりました。無数の公
務員がいても一人一人が一人前ではなくて半人前の犯罪者集団である。一人一人を点数で評価して高給は取るが子
供並みの判断力さえなくした。だから如何に税金を浪費してもマトモな事が何一つ出来ない所にしてしまった。

其の中で横行するのが盥回しと先延ばしである。急いで無理に判断を迫られる場合には「会議」と言う場を作って多数
決で決着をつけて、自己責任を回避すると言う実に愚かな悪循環のシステムを横行させている。夢見る月や蛍火の神
を信奉する世界なら其れも良かろう。

でもそうした渡来の学識では、一部特権階級の欲望を叶えても、大多数の人々を真に幸福にするのは無理であるのみ
ならず、遂に売国奴として、或いは亡国的な所業(赤字国債とイラク派遣)で国を傾けてしまった。

無論こうしたのは国民にも自業自得の責任がある。其れは毎日眼前に輝くお日様を当たり前の事として敬意を払わず
無視した結果である。今もし誰かが不幸なのは、お日様や1万年守って来た先祖祭りや第一級の価値観を無視して暗
中模索で競争し、ゴミを漁った学識ある愚か者たちの為した結果である。

「方位は迷信」ではなかった・・・・・「近代化」とはキリスト教の神の神話や歴史しか認めない観念による物質浪費文
明である。此の消費科学文明は、それ以外の日本の神や方位はアニミズムとか迷信と決め付け、その代わりに唯物
主義と数値主義を流行らせた。其の成果として現代社会を立派なモノカネ主義とカオス社会にしました。

でも此れが果たして進歩と言えるのでしょうか。少なくとも「方位は迷信」ではなくて、本来の科学、つまり道理であり、日
本を貫く哲理(自然科学)でした。具体的には古の日暦や歳時記が古の自然科学や宗教であり、特に日本の場合は其
れが精神文化の基礎であり、原点だった事になります。

とすれば、方位や暦を抜きにして、神々や宗教、或いは日本文化や歴史を語っては誤解を与える事になる訳です。従
って同様の理由から「政教分離」の政策や教育が如何に多くの弊害を社会に撒き散らしたかに気づく。方位を外せば
道理も平和も有りません。

方位を外して数字を採った近代物質多消費科学は、始めにボタンを掛け違えた結果として、幾ら「平和」の念仏を唱え
ても唯物迷信からバーチャル(仮想空間)や軍事科学といった怖い世界に益々突き進んでしまいます。

◎コメント・・・・・・

★新旧暦の問題点・・・・・・暦は古風のまま保守すべきであり、方位で確認できるものでなければならない。其れを数式
だけにしてはならない。
★西暦が進歩した暦だったのか・・・・・・カトリック式カレンダーは星の恒星暦、即ち太陰暦であって太陽暦ではなく、異
教性の未熟な代物である。


■10.聖が封印した

■太陽暦は日本が本家だ・・・・・・暦に関してもう一度言えば、古来、太陽暦はエジプトやギリシャではなくて日本が宗
家・本家でした。其の証拠は例えばストーンサークルや縄文の柱列、それから独特の古墳、銅鏡、車輪石、「ホツマツタ
ヘ」と五行、其れにヤタの原理・・・・など第一級の資料が日本には幾らでも有るからです。

本論(事典と歳時記)で述べた事柄もそうした暦の方式の一端を解説したものである。所が学者はそれらを何一つ理解
しようともせず、「其れまでの日本には暦法がなかった」、と断定して来た。其の上で、欽明天皇の時代に我が国に初め
て暦法が渡来し、持統天皇12年から採用したと口を揃えて解説して来ました。

だから現実に彼らの理解出来る範囲の文献として存在するか、もしくは渡来した数式の暦法でなければ今の日本人は
カレンダーとは認めない。だがそうした狭義の観念や知識では本質を見落とす事になります。情報化社会と言われる
現代社会にはどのような情報でも一応は揃っています。

だが、例えば「自転車の乗り方」とか、「顔の洗い方」と言ったような出版物が出回ってはいないように、其の時代に誰で
も知っている常識は文献に残す必要がなかっただけではないのか。譬え文献にはなくとも想像できる事実もあるし暦の
跡も各所で見られる。例えば其の第一として、もし暦がなかったならば、家族や他人と日時の約束も出来ない訳です。

従って、社会集団が存在していても祭りのための貢物、即ち「納税もなかった」事になる。でも当時の日本がそのような
天国で有ったとは考えられないし、誰もが常識として認識できる事は譬え暦法であろうとも、態々文献に記さなかった、
と考えても良い。もしくは誰かが独占して隠したとも推測できる。

その様に推測しなければ過去の事実が説明出来ないからです。暦が渡来するまでの日本では他人との約束も「納税も
なかった」とすれば非現実的な話であり、其れならば現在の学会の、先のような定見は事実を歪める嘘であると分かり
ます。其の点、本書の読者なら此れまでの記述を見て「日本には真の太陽暦があった」事をご認識された事と思う。

日本では古来、太陽の下で方位を測り、墳墓を軸にした方程式(方定式)で歳時記を綴り、祭り事を連綿と続けて来た。
祭り事の前提として、人々に対して、ある期日に祭りが有る事を衆知徹底する「歳時記」と伝達者がなければ貢物も人
も集まらない為、祭り事が出来なかった事もご認識されたかと思います。

そして第二として、その墳墓が故人の命日の暦を示していた事。其れが今、現代の太陽暦とも整合する角度で築造さ
れていた事を「神々の歳時記」で実証した。このように当時から日本は太陽暦の総本家であった訳です。また近年発掘
された三内丸山縄文柱列も決して考古学者の言うような「物見やぐら」では有りませんでした。

櫓ではなくて日影で暦を計る「見柱」だったと推定出来よう。此れはかのエジプト文明より古い遺跡です。其れに比べれ
ばユリウス暦がその後、BC.46年にローマに出来たが、グレゴリウス暦などはもっと新しく、1582年に制定したもの
です。でも、それらは真の太陽暦とは違って、恒星暦と言うべき「星読み」のカレンダーでした。

ただ太陽の周期に合わせて毎年修正しているもの(擬似太陽暦)に過ぎない。そうした大陸の代物(暦法)を進歩したも
のと誤認して明治の日本が西暦としてキリスト暦を採用した訳ですが、それによって今も国内を大変混乱させているの
は明らかであって、此れが何よりの文化破壊の根本であり、愚政の第一となっている。

しかし、其れに対して舶来崇拝者の多い日本人が不感症になっている為に此処では敢えて強調し、問題提起しました。
 

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★官製暦・・・・・・・・古来、太陽や月は、誰にでも分かる優れた天文暦でした。其の裏を返せば「暦と言うのは誰にでも
分かる」事、つまり合意形成の基準となっていた。しかし近代社会生活の基本となる暦の基本を、今の大学でさえ知ら
ないのだから、其の大学で諸法や歴史や経済を習っても仕方がなかろう。

いや、諸君ならば、市販のカレンダーを見ないで、「今日は何の日か」即答できると言うだろうか。其れならば立派です
が、恐らく無理だろう。そのように誰にも分からないようにしたのが渡来の宗教と西洋の暦であり、今の諸学問や科学
でした。

其れに比べて日本では大昔からヒジリがいたが、暦は公知の事実であり、月の形も月暦でした。よって其れを仕事とし
て独占するのは難しかった。先にアズマヤとして述べたように、南向きに家を建てれば誰もが座視して四季を画する事
が出来たのです。

ただ日本では武力制圧で前権力を奪い取るのではなく、鏡、即ち前暦法をタラス(降す)事で前政権を滅ぼして国を取
り上げて来た歴史がある。此れが前述の通り、古代天皇名に付いている「タラシ」の称号の意味である。太陽は独占出
来ないが暦法なら支配の道具として使う事が出来たようです。

其の点で、大陸では月や星の関係式を読むヨミ(夜見)の国ですからシバシバ政権交代があり観測場も独占されて来
た。帝は天上の時空を人為的に刻んで天下の国・祖・民・祭・・・などを彼だけが独占支配する「鍵」としたのです。よっ
て暦は聖王・帝王の独裁支配の中心課題であり、彼の第一の職掌として当然にして秘伝・密教とした。

従って第三者が其れを犯し、いじる事をタブー(禁じ手)とした。其処から暦は官製暦が当たり前となり、日本でも中世
から江戸時代まで、寺院で作っていた。またその後は神宮暦のような官製暦が一手販売されて来た訳です。暦の性格
は元々公的な存在でしたが、こうした暦の性格は今も不変である。

また暦に関係する人達も当然官僚と同じ立場で関わって来た。しかし中には素人としか思えないような人達が今は其
の椅子に座り、もしくは世襲的に役目を引き継いでおり、或いは生活のためにただビジネスとする人達が「親方日の
丸」の官製カレンダーを販売して来た。

例えば今の七曜カレンダーが天体の動きと全く無関係でも、前例や既成事実の上に単なる約束事として異文化を横行
させてはいないか。このようなマンネリ化した関係者の体質や怠慢によって暦が無批判のまま堕落している事に加え
て、其れを鵜呑みにして日本の常識にしている社会もおかしいし、もっと根本的な問題も有る。

其れは米国の属国と化した日本政府の力量不足である。何れにせよ国民は「我が国のカレンダーは日の丸暦だ」と今
でも信じられているが、其れは全く嘘だと云う事です。実の所は中身が「黄泉のカレンダー」と知ったら国民は大いに驚
くだろう。いや其れだけでは済まない。

各方面で此れまでの各種の矛盾の出ている原因がこうした星の暦にあった、と判明すれば、不信感が広まろう。葬祭
の法や暦法は極めて保守的であり、またそうでなければ困る。「朝令暮改」で度々改暦されれば社会が大いに混乱して
迷惑を蒙るからです。だが今の西暦を改善・改良したものとか進歩発展と刷り込んで来たのですから問題です。

古代から見て、改暦が何の進歩発展もなかった事は歴史を辿り、古代の暦法を正しく捉えれば明白です。今は一見し
て何でも自由な日本国となり、それで誰もが幸せを感じているように言われる。所が、暦に関しては矢張り官の極みの
中枢ですから譬え間違っていようと官製の壁の中で守られている。

つまり、それ以外の暦は一般の中に於いても使われない。西暦はグリニッジ式の官製暦ですから、今の所は此れだけ
が公式の暦であり、それ以外は誰も認めない。自由に出来るのは大きさを変えたり絵や写真を貼り付けるくらいであ
り、またそれ以外の暦(カレンダー)は非公式・私製のカレンダーと見下す。

そうした固定観念だけが幅を利かす現代、筆者は敢えて現行暦を批判する側で述べた。関係者への個人的な恨みと
か我欲から此処でカレンダー批判をするのではなく、個人として何の紐付きでもない自由な立場で批判出来るからで
す。とは言え役不足である。

役不足であるとは弁えているものの、何時の間にか、個人的には一切メリットのない、こうした事について外野から批
判し、問題提起する役割になってしまったのは少し残念でも有ります。


■11.纏め

●小説は人を語るが大説は太陽を語る哲学です。さて、「事典と歳時記」の読後感は果たしてどうだったでしょうか。本
書は拙文なので、人気小説と違って面白くない大説です。面白くない大説の殆どを既に書き尽くしたが、最後に大蛇に
冠を付けて龍に化ける意味から「陵資料室」のページも付けた。

以下に天皇の崩御の日付と場所を並べて見たので、其れと陵の位置関係を地図で重ね合わせれば、「三点合一の立
証」によって記紀に対する諸学の虚実を解明する方式・道具としてご活用頂ける筈である。

また「神々の歳時記」では、多くの実証例から、古の日本には太陽暦が存在した事を認識頂けたと思う。但し、古今に
通じるコヨミは、時空との整合性、即ち天文と地理方位の一致した「真の太陽暦」であり、現在使用の西暦(偽太陽暦・
グレゴリオ暦と言う恒星基準のカトリック暦)ではなかった。

無論それ以前のユリウス暦でもなかったが、此処で掲げた古い事例は当然ながら後者(ユリウス暦)の日付に近い所で
合致する例が多いので本書では主に此れを併記した訳です。

●本書は、今のグローバル化社会に毒された人々にとっては「異文化」と見て理解の外となろう。多くの人は税金を使
った官製の資料や権威有る学術文献を頭から信じるが、私財を投じてアマチュアが研究した論文などは蛇虫の類とし
て見向きもしない。

此れは内容よりも、立場を重視すると言う一見立派な姿勢であるが、矢張り単なる権威主義に他ならない。其れはガレ
ージセールや百金よりも専門店で買ったブランド品に満足し喜ぶようなものである。地べたを這い回る蛇を見下して一
時の優越感を持つようなものだ。

青大将の皮よりも、海外旅行で買って来た蛇皮の方が格段に高級であるとして自慢したいのが人情と言うものです。で
も「目利き」は何処で買っても掘り出し物を掴むものです。そうした目利きならば本書でカルチャーショックを受けるだろ
う。

平和な今のモノカネ市場原理主義と経済至上主義社会にあっては、蛇は認めても神や「物の怪」などは迷信として其の
存在を否定される。その様な色眼鏡で見れば、日本文化は全て蛇の類に見えるだろう。しかし一時、蛇の様に見えた
ものであっても、サングラスを失くした時に宝物に変わる。

苦心して祭りを続け、今に残してくれた先人たちがいた事にも気づくだろう。だが今は、大多数が色眼鏡を掛けている。
よって今は其の多くが形式的な祭りか、イベントの祭りになってしまった。それでは実に残念であり見直して頂きたい所
です。

其の点、戦乱と怨霊に悩まされ、或いは目前で幾たびも生死を踏み越えた昔の人達にとっては、神は迷信ではなくて
最も確かな事実であり、一番頼れる存在でした。彼らにとっては寧ろ、モノカネの方が実に脆く儚く、信じる事も頼る事も
無理と認識していただろう。

其れに比べて平和ボケの今の日本は、苦難もないので切実なニーズもないから神や先祖を理解できる状況ではない
以上、今では此れを論破した所で何の反響も何のニーズもない。大多数の人は、ヒジリや祭りよりも、殆どの場合はサ
ングラスを掛けて、目の前の銭金かセックスを観るのに多忙である。

だがこの先、そんな腐った心と暮らしも、みんな一緒に腐った日本の経済破綻で共に崩壊する事になるだろう。其のシ
ナリオを「ヒジリ事典」の「纏め」で長々と述べて見たが、此処でまた私事の続きを繰り返せば、ある時、筆者は突然降
って湧いたような、同和と称する暴力団まがいの朝鮮系金融屋に襲われて絶望の淵に立った。

役所も法務局も利権同和を恐れて逃げてしまった。腐り切った役所の蛆虫のような公務員たちは無能の上に責任逃れ
しかしなかったのです。警察も「同和グループ」と聞いて手が出せなかったが、やがて「同和」は偽看板であると分かっ
た。筆者はそうとも知らずに仕事を妨害された上、仕方なく耐えた。十年間もである。

その場から逃げる事も去る事も出来ず、耐え続けた。このように孤独で塗炭の苦しみと惨めさに耐えれば人は変わ
る。普通こうした場合は、「何んにも信じられない」心境になり、生きる望みもなくす。だが其れを契機に、人生をゆっくり
見直す暇が出来た筆者の場合は耐え続けた間に先祖に目を向けました。

仕事よりも大事なものがある事に此の時点でやっと気が付きました。そうすると次々に事態が好転して暴力にも貧困に
も耐えて結局は裁判にも勝った。こうした苦しい経験とか失望と非情な落胆を読者が幾度も体験した後ならば、其のと
きにこそ、本書が始めて役立つだろう。

此処で引用するには余り適当な例ではなかったが、この様に誰もが一定の経験体験を経た後に神の存在に気づくの
ではなく、事態が悪化する前に是非考え、気づいて欲しいと思う。そうした意味で敢えて老婆心から恥を晒した上で、
神々の存在を確認する術・方法・方式を提示して見た訳です(以上)。




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